飲食店

2026年04月29日

神楽坂フランス人コミュニティ



神楽坂にフランス人コミュニティがあるらしい。もともと、在日フランス人のためのリセ(東京国際フランス学園)があるので、フランス人家族が近くに多く住んでいた。フランス語学校として有名な東京日仏学園もここだ。

132:「プチ・パリ」ナビルさん
ミシュラン二つ星レストランに5年間勤務。
老舗の「ラ・クロズリー・デ・リラ」で給仕長。
「タイユバン」(恵比寿)オープンに当りジョエル・ロブションから頼まれて来日。

140:どうしてフランスでなくわざわざ日本に店をオープンしたのか?
フランスで店を開くのは日本の十倍難しい。

142:日本の生活の質は最高
「日本ほど暮らしやすいところはなくて、外国人はみんなそう思っている」



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2025年08月31日

世界一屋台メシのうまい国

台湾自転車気儘旅 世界一屋台メシのうまい国へ
石田ゆうすけ
メディアファクトリー
2010-10-06


実は、今年11月に「環島」(自転車での台湾一周)予定で、それに合わせて予習。初めて台湾に行ったのは確か15年くらい前。ちょうど、本書が出版されたころだ。
8:食べもののおいしさを10で表すと
上海は5~8
台湾は7~12
(世界中を旅した友人T)
確かに、これまで行ったどこよりも、何を食べても外れがない。そして、格安だった(当時)。今では、台湾の平均給与は日本より高く、TSMCが建設した熊本工場では、高給取りの台湾人管理職が大挙やってきたので、それだけで周辺物価が上がったとか。

前回訪問時はうちに高校生の時1年間ホームステイしていたジェシカに、ほぼお任せ。「環島」中は連日100kmを超える自転車移動で自由時間は全くなし。前乗りして、台北市内を食べ歩いてみようと思う。

12:大腸包小腸

14:雪片
辛發亭(台北市士林区平街1)

23:台湾ぜんざい「紅豆湯」

28:肉まん
黒猫包(新竹市北門街187)

38:台湾人の好きな肉圓
阿璋肉圓(彰化市長安路144)

42:豆腐スイーツ「豆花」
豆花荘(台北市寧夏路49)
龍潬豆花(台北市汀州路三段237)
同記安平豆花(台南市安平区安平路43)

114:モチモチ刀切麺
老ゾウ刀切麺(台北市信義路四段60-52)

116:牛肉麺
史記正宗牛肉麺(台北市民生東路2-65)



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2022年08月14日

23区で唯一の「スタバ空白区」

東京のナゾ研究所 (日経プレミアシリーズ)
河尻 定
日本経済新聞出版
2019-07-09



「スタバはないが砂場はある」(ウマイ)で注目された「スタバ空白地帯」。鳥取県は47都道府県中、唯一スタバがなかったのだが2015年、ついに鳥取県にも出店し、スタバは全都道府県制覇ということになった。

都心など、今や、「石を投げればスタバに当たる」ような状態で、かつての特別感はなくなった。まぁ、それだけ日常に溶け込んだ気はする。

ところが、23区内で未だにスタバが区があるという本書執筆時点は2019年なので、3年間のうちにできているかとも思ったが、スターバックスHPで確かめたところ、ない。それは荒川区であった。荒川区にも駅はたくさんあるし、逆に、なぜと思ってしまう。


88:台東区に男性が多く、港区に女性が多い
23区で最も面積が大きい�‖臈超茵�73万人)、�∪づ鎮�区(93万人)、�B�立区(68万人)
狭い �‖翕豢茵�21万人)、��中央区(16万人)、�9喟邏茵�22万人)


Covid-19





















「日本の都市特性評価 2018」(森記念財団都市戦略研究所)

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2022年07月24日

すかいらーく

外食王の飢え (講談社文庫)
城山三郎
講談社
2019-01-25



レオーネ(ロイヤル)のライバルとして登場するのがサンセット。こちらはすかいらーくがモデル。

倉原が一流好みで、最初出した店が高級フレンチ。常に背伸びして、お金がないときでも身なりだけはキチンとしている。成功してからは、運転手付きの社用ベンツに、自家用車はポルシェ。そうしたDNAがあるのか、同じファミレスでもロイヤルホストの方が高級感がある。なにしろRoyalだ。

対して、サンセット(すかいらーく)は貧しい農家出身の沢(横川)兄弟が創業。年商100億を超えてからも、社用車は持たず、電車で通勤。倉原がメニューの最終チェックを必ず自分で行い、毎日の試食で何度も食べ過ぎで大手術をしたのに対し、沢兄弟は「味が分からないから」と社員に任せていた。

ロイヤルもすかいらーくも上場し、さらに、バブル崩壊後のファミレス不景気を経て、それぞれ創業家の手を離れている。ロイヤルは祖業の機内食、ファミレス、運営受託で安定した経営だったが、コロナで全てが赤字に。航空機事業に強い双日と資本業務提携した。すかいらーくはPEファンドによる非上場化を経て、2014年に再上場している。

119:サンセットの沢修、レオーネの倉原礼一の二人が、それぞれはじめてアメリカを訪れたのは、偶然にも、昭和43年、同じ年のことであった。

140:万博アメリカ館
ハワード・ジョンソンが手を引いたのもわかる気がするし、レオーネに話が持ち込まれるまでに、日本の大手の外食企業のいくつかが打診されても受けなかった形跡があった。要するに、いわくつきの出店話なのである。

205:マルク堂(イトーヨーカ堂)
レストラン・チェーンのマギーを発足させるに当たっても、一々、自社で開発したりせず、ロイヤリティを払って、アメリカのレストラン会社と提携し、一気に展開している。

208:「社長は、鼠をねらう猫だ。とらえてしまうと、興味がなくなる」(235)
欲しいと思った人間に、倉原は夢中になる。子供のように、手に入れるまでは、その場から動かなくなる。何度でも足を運び、待遇もできるだけのことをした。赤坂の一流レストランから料理長を迎えるときには、役員にするとともに、社長である自分より高い給与を出した。
だが、いったん迎えてしまうと、倉原の熱は、急速にさめた。とまどいもあるのだろうが、たいていの人材が、倉原の期待したほどの力を発揮してくれない。

232:サンセットでは、昭和52年に大学新卒者だけでも120人を採用、53年にも、同様80人を加えた。この他、臨機、中途採用を行った。
そして、新卒者・中途採用者とも、直ちに各店にはりつけた。ビデオによる学習の他は、働きながらの訓練である。その日から戦力とした。

246:昭和53年のレオーネの売上は、約200億。サンセットは、その半分である。これに対し、新しい5ヵ年計画では、最終年次の58年に1200億円という大目標をかかげた。

250:サンセットの沢兄弟は、年商100億を超すようになっても、食料品店「さわ」時代と気分はあまり変わらなかった。借家住まいでこそないが、ほとんど同じ大きさの建売住宅に住み、歩いて通い、電車やタクシーで用を足す。



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2022年07月23日

ロイヤルホスト

外食王の飢え (講談社文庫)
城山三郎
講談社
2019-01-25



先日、城山三郎の『鼠』を読んだところ、「城山三郎なら、これが傑作ですよ」と教えてもらったのがこちら。なるほど、面白くて一気に読んだ。読んだのは図書館で借りた昭和57年(1982)の初版本。

前半は主人公である倉原礼一の生い立ちから始まる。倉原の父は東大出で、官営八幡製鉄所に就職。東大出で官営なのだから、出世は早い。八幡製鉄所は昭和9年(1934)に5社が合併して日本製鐵株式会社となるが、政府(大蔵省)が過半数を所有していた。
9:倉原の父(帝大出)
「私大はつまり私大であって、大学じゃない」
倉原の父は仕事熱心で出世欲もあり、戦争が始まるころには八幡製鉄所の所長に上り詰める。礼一は長男で、父親の期待を受けていたが、権威主義的な父に反発し、勉強しない。結局、航空機乗員養成所を経て私大に入り直したところで、招集される。
21:戦後
世の中は、食物を持つ人間と持たぬ人間の二種類に分かれたかに見えた。そして、全社の頂点に在るのが、GIと呼ばれた駐留米軍の将兵と、その家族たちであった。真っ白なパン、あたたかなオートミール、さまざまな卵料理、香り高いコーヒーの朝食からはじまり、そこにはまるで極楽のような食生活があった。
敗戦後、大学に復学したものの、卒業せず、郷里福岡へ。そこでは、戦前、あれほど居丈高であった父親が、所長の座を追われ、意気消沈としていた。資産の大半は会社の株券と国債で、どちらも紙くず同然に。所長専用社宅も追い出された。

37:アメリカ基地
その分分担については、それぞれ、ごく細かな点まで考え抜かれた作業基準というものがあり、熟練者でなくても、また格別規則正しくやらせなくても、手本どおりにさえやっていれば、仕事を消化できる仕組みになっていた。アメリカとは、システムであり、マニュアルだと、倉原は感心した。

倉原は、福岡のアメリカ基地の食堂で働き始めたことがきっかけで、その後高級フレンチレストランを博多に開く。さらに、アメリカ流のチェーン店をやりたいと、セントラルキッチンを設けて、福岡から多店舗展開していく。

これはもちろん、ロイヤルがモデル。ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」1号店が北九州にできたのは1971年。本当のロイヤル創業者は江頭匡一で、父親は東大卒業後、八幡製鉄所ではなく、三菱に入社。九州の炭鉱で働いていたようだ。やはり、最後は所長を務めている。


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2020年06月24日

内藤陳さんの『深夜+1』

河童が覗いた「仕事場」 (文春文庫)
妹尾 河童
文藝春秋
1997-12T


内藤陳さんが新宿ゴールデン街に開いたBAR『深夜+1』。ご本人が2011年に亡くなった後も営業は続けられているようだ。

戦後の闇屋の雰囲気を残すゴールデン街。一軒一軒の店は非常に狭く、ここ数年その雰囲気が外国人旅行客から大人気となっていたが、コロナ自粛で大打撃を受けた。外国人旅行客が蒸発したうえ、隣の客と片寄せあう距離の近さが売り物だったのに、その強みが活かせない。

大学後輩がやっている店に今度寄ってみよう。

293:日劇ミュージックホール
女性の裸はみせてはいたが、ストリップ劇場ではなくレビューの劇場であった。だから踊り子さんたちは、自分の体の美しさをただ見せるというのではなく、踊りによる芸として観てもらおうと真剣であった。

299:深夜+1
そんなことをやるためには会の運営資金がいる。なんとかせねばと思っているときに、新宿のゴールデン街でBARを一軒やってみないかと話があった。陳さんはその話に乗った。会員が集まれる場所にもなるし、店の売り上げを全部『日本冒険小説協会』の資金に当てられると考えたからだ。

300:『読まずに死ねるか!』『読まずば二度死ね!』
「自分が読んでみて、これはオススメだなと思える本があると、『面白いぞ!』と伝える。といっても陳メの選択というわけで、独断と偏見による推薦ですが、裏切られたと思う本を買わせないという自信はあります」

蜷川幸雄さんのスタジオ

343:NINAGAWAマクベス
巡演の最後の公演地が、エディンバラの演劇祭であったことは大きな賭けであった。というのは『マクベス』はシェイクスピアの作品であり、その本場での公演であったからである。もしもその上演に彼らが不満を持てば、罵声を浴びる程度ではすまないはずであった。

235:彼はアルミの灰皿を投げつけても、決して役者に命中させない。かつて、ぼくが悪戯をしてクリスタルの思い灰皿に替えておいたら、彼はそれを投げずに、タバコの箱を投げていた。

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2018年10月28日

大磯迎賓館

IMG_2163

こういうのを「瀟洒な洋館」というのだろうか。大磯駅から徒歩1分、交通至便な場所に「大磯迎賓館」はあった。湘南では有名なのかもしれないが、私はこれまで知らず。

ランチコースは2400円から(ピザランチ)。そこそこの値段でもあり、郊外なので甘く見ていたが、数日前に「念のため」と予約電話したら午後は満席で1130からしか入れないという。

国登録有形文化財「旧木下別邸」を利用したこのイタリアンレストランは明治期の貿易商によって別邸として建てられた。明治の元勲たちが明治後期に競うように大磯に別邸を建てたので、商売人の間でも大磯の価値が上がったものと思われる。

海岸段丘の上にあり、眺めはよいが、流石に明治の元勲たちの広大な敷地に立った平屋建ての邸宅に比べると、洋館3階建てはこじんまりとした印象。庭がほとんどない。実は、この木下別邸、日本で最初のツーバイフォー住宅なのだそうだ。
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2018年10月07日

モダンシティー大阪の本格欧風料理店「ガスビル食堂」

ムサカ








































大阪の中流家庭が特別な日に行くところが、長年に渡って大阪ガス本社ビルにある「ガスビル食堂」ということ。

「大正から昭和初期にかけては、大阪にモダンな都市文化が花開いた時代でした。ガスビル食堂は、大阪における最も近代的で美しいビルディングと称されたガスビル八階に、昭和8年(1933年)3月の竣工と同時に誕生しました。本格欧風料理を提供し、モダンシティー大阪を代表するレストランとして市民の人気を集めました 」

昭和8年完成のビルは冷暖房完備だったというから、スゴイ。2003年竣工70周年の時に、登録有形文化財に。現在は、外壁の修復中で、「都市建築の美の極致」とまで言われたビル外観が今回は見れなかったのが残念。

70年の歴史を誇る食堂の伝統メニューの一つが「ムーサカ」。ギリシャの家庭料理に由来し、三代目料理長が羊肉を牛肉に代え、創業当時からの伝統のデミグラソースとマッシュポテトでアレンジしたという(写真)。

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2018年06月30日

企業カフェ&レストラン

生産年齢人口
























































六本木周辺には余り用のない私だが、たまに打ち合わせ等で使うのが、乃木坂駅近くにあるMercedes Me。一階がカフェ。値段は普通のカフェ並みで、その割には広々としている。二階がレストランで、こちらも、値段はランチで1000-1500円位で普通なのだが、やはり広々としているし、接客が高級店並み。隣のテーブルを気にせずに、落ち着いて話ができる。

同じ自動車メーカーでは、最近オープンしたLEXUS MEETSもいい。入居している東京ミッドタウン日比谷自体が大人気になっていて、Cafe SPINDLEも週末は大混雑。場所もいいので、平日ならいい感じ。値段は高め。

面白いのは、最近、部品メーカーにまで同様の動きがあること。ドイツの自動車部品最大手BOSCHは渋谷の日本本社ビルでCafe 1886を運営している。1886は同社のシュツットガルトでの創業年にちなんでいる。"intel inside"同様、部品メーカーもブランド確立を目指しているということだろう。

どこも自社のブランド価値を上げるために行っているので、内容やサービスがワンクラス上。コスパは高いと思う。
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2018年02月03日

高知市のモーニング

gizmodo






























高知と言えば、カツオのたたき(それもニンニクと塩で)だろうが、喫茶店のモーニングの充実でも有名らしい。今回は、初めて娘を連れて行ったので、朝食をホテルで食べずに、喫茶店へ出かけてみる。

スマホネイティブな娘がサクッと選んだのが、「メフィストフェレス」。昭和39年創業の老舗というから、私とほぼ同い年。同店のモーニングセットがヒットしたことで、他店もモーニングを充実させていったという話もあり、「高知モーニング発祥の店」らしい。

オールドカントリー風と言えばいいのだろうか、店内は広くて開放的。装飾用に並べられた洋書が全部中が空っぽの偽物で、唯一本物だったのが英和辞書だったというのはご愛敬。

注文したのは名物だという「ボリュームモーニング」セット(実は、自分で写真を取り忘れたので、4travelからの拝借・・・冬なので、当然、ホットで頼みました)。これで税別590円は、ゆとりのある朝なら、ホテルで1000円出してバイキングよりかはいいかも。パンにあらかじめマーマレードがたっぷり塗られているのは、好みによると思う。私には多すぎた。

面白いのは、紙ナプキンやスティックシュガーに書かれた「現代企業社」という会社名。喫茶店らしくない社名だ。調べてみると1957年創業、1958年設立の高知県内で喫茶店やレストランを18店舗経営する老舗企業。1960年代にはバーも経営していたらしい。

旧高知工業高校校舎の木材を再利用した「穀物學校」(1999年)、高知大丸内に設けた屋外庭園を伴う「ガーデン食堂 土佐水木」(2002年)、奈半利町にあった国の近代化産業遺産、藤村製糸工場の鉄骨を転用した「農園レストラン トリトン」など、個性的な店舗を展開する。2015年にカゴメが開催した「オムライススタジアム」にはレストラン高知が「南国土佐のオムライス」を出品、日高村の職員も加わって会場で1835食を供食し、準グランプリを獲得した。(Wikipedia)


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2017年08月20日

ひろめ市場

Internship











































昨晩は高知でひろめ市場へ。観光客と地元民が入り乱れてのあの雰囲気は楽しい。高知には年に1,2回は行くが、R32で3時間掛かっていた昔と違って、高速で1時間余りで行けるようになり、殆ど日帰り。車なので飲めないのだ。

今回は、ゲームのカスタマーサポート365日を動かしている会社だったので、土曜日に訪問。週末ということで泊まることにして、会社近くのひろめ市場で懇親会。

土曜日ということもあるのだろう、すごい賑わい。席が空くのを待っている人たちが並んでいる。我々はテーブルを予約しておいてくれたので、難なく着席。しかし、ひろめ市場では混雑時は相席が普通ということで、次から次へと「空いているか?」と声を掛けられる。後から来る人が居るので断るのに一苦労。

市場内には70店舗の飲食店や土産物屋がひしめいている。インド料理屋もあったが関連性は不明。もっとわからなかったのはマッサージ屋なのだが、あれはトイレ前の飲食店に不向きの場所を貸したということか。

「友達の友達」的な人も加わり、高知らしく、飲んだ時のオープンさは特筆もの。後から思うと、「あれは何だったのだっけ」となることも多いが(笑)、こういった飲食形態が成り立つのは高知ならではだろう。高松でもひろめ市場をモデルにした屋台村「高松いろは市場」がオープンしたが、1年余りで閉鎖した。高松で、観光客と地元民が入り乱れて飲んでいる姿は想像しにくい。
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2017年08月12日

戦前の山手族の遊びコース



この短編集の最後は、「紀元は二千六百年」。そこに戦前の山手族の遊びコースが出てくる。

271:新派のもどりは吉田のそばからコロンバン、歌舞伎なら天金から千疋屋、足袋は武蔵屋、履物なら阿波屋、ちょいと粋な袋物は吉野家で、指輪は村松
「新派」とは新派劇団のことだろう。明治時代に始まった現代劇で、「旧派」の歌舞伎に対して「新派」と言われた。

新派の演劇を見てから、吉田屋でそばを食べ、コロンバン(原宿)でお茶をするのだろう。吉田屋は立会川の吉田屋でいいのだろうか?私は、大昔一度行ったきりだ。

歌舞伎座の場所は戦前から変わってないから、東銀座で歌舞伎を観た後は、天金で天ぷらを食べ、千疋屋フルーツパーラーでお茶。天金は聞いたことがないと思ったら、戦前東京一有名な天ぷら屋だったらしいが、1970年に閉店している。借地だったらしく、銀座の地価が高騰する中でやっていけなくなったようだ。

武蔵屋は、現在の「むさしや足袋店」のことだろう。1874年に銀座で創業したとある。阿波屋も銀座に残っている。吉野家とあるのは、和装小物の「吉の家」(赤坂)のことだろうか。1879年の創業から、「赤坂花柳界の和装を支えてきた」とある。

「指輪は松村」だけ不明。仮に、松村が廃業していたとしても、紹介されている8店中、6店は戦前戦後の混乱や、高度経済成長の大変化も乗り越え、継続していることになる。これは、やはり、世界的に見て珍しいことではないだろうか。
それに加えてなお恐ろしいとおもったのは、こういう人間(社会)の本質はいつの時代でも同じなのだ、と野坂が考えている歴史観であった。つづめていうと、戦争下でも平和時でも、人間のやることは変わらない、という思想である。その思想をもっともよく表しているのが、本巻で言えば、「紀元は二千六百年」であろうか。(中略)

紀元二千六百年の奉祝といえば、昭和十五年の天皇紀元二千六百年を祝う国家行事であるが、小説の舞台はそれから三十年近く後、大阪万博を直前にしたころである。主人公の美夫は四十四歳。一年前は東京の広告代理店で製作部長をつとめていたが、ふいに家を出た。いわゆる「蒸発」である。(解説:松本健一)

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2017年07月13日

ふたり呑んべ

ながめせしまに (1975年)
半村 良
徳間書店
1975


半村良は相当の「呑んべ」だと思われる。そうでなければ、呑んべの楽しみについてこれだけの感性で書けないだろう。

経歴を見ると、小学校の時に父を亡くし、都立両国高校(都立ではトップクラス)を卒業したものの、小説家になるまでに「連れ込み宿の番頭やキャバレーのバーテンなど30近い職業を経験した」とある(Wikipedia)。

舞台は東急世田谷線、線路端の一杯呑み屋。

「二輌連結でね。ほら、昔都電の車掌でよくいただろう。人なつっこくて親切でさ。客を笑わせるのを生甲斐にしているみたいな・・・・」
178:ガラガラッ・・・・・。静かな暗い道に、ガラス戸のしまる音が聞こえた。
絵に・・・・いや、音になっていた。線路ばたの一杯呑み屋は、そういう音のする戸でなければいけないのだ。

179:カウンターの中から男の手が伸びて、つきだしに割り箸が、王手飛車とりみたいな勢いできまる。

197:「下町は人間がいる」
「こっちにはいねえのかい」
「いねえ。いねえよ」
「じゃ、何がいる」
「住民さ」
「住民・・・・・」
「区民のみなさまがいやがんのよ。安っぽいブロック塀で囲んじゃってよ、アラ・・・・・なんて言いやがんの」

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2017年07月12日

酒亭抜荷丸

ながめせしまに (1975年)
半村 良
徳間書店
1975


今度は、飲食店を題材にした話。主人公は二人いて、両方とも板前。一人は料理屋を女房と経営していたが、女房が若い客と出来て出て行ってしまう。もう一人は、日本料理店の腕利きの板前。食通ぶるエセ食通に辟易している。

二人は客に媚びるのが嫌になり、「客を足蹴にして儲ける商売」を考えてみることにする。最終的には、「海賊船」という演出を思いつき、投資してくれる飲食店オーナーを見つけて開店、成功する。

途中で出てきたアイデアが、客が囚人という演出の「刑務所風」。「食い物がまずそう」ということでボツになるのだが、これを後に実際に出店し、流行らせた人がいる。それが、「監獄レストラン アルカトラズ」を作った元「マネーの虎」安田久。

アルカトラズのヒットに気を良くし、他のテーマ型レストランも出店。そのほとんどが当初は流行ったものの、その後伸び悩む。上手く行かない新規出店が多くなり、結果7億円の負債を抱えることに。放漫経営で経営状況の悪化に気づくのが遅れたようだ。



114:俺は食通なんて奴らは大嫌いだ。食通ぶる奴に限って、店の者に横柄なんだから。いいか、料理なんてのは味ばかりじゃねえんだ。いつ、どういう顔で客の前へ料理を持って行くかも旨さの中へ入っている。だいいち、腹がへればなんだって旨いんだ。

120:「刑務所風とか」
「客が囚人かい。だめだよ。だいいち食い物がまずそうじゃないの」

140:「勝ったのさ。お前さんがた、壁を抜けたんだよ。店や客を、可愛いとか有難いとか思うようになれば一人前さ。お前さんがた、商売に勝ったんだよ」

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2017年06月04日

リストランテ高田馬場分流


最近の就職内定は早い。解禁と同時に早々と希望企業の内定を取り付けた旧知の社会科学部4年生のお祝いをしようと昨晩、高田馬場に集まったのは、還暦ながらその同級生というS社長と、S社長が呼んだ高松出身の独立系運用会社のアナリスト。それに、早稲田つながりで私が呼んだ、商学部出身のN君と、法学部出身のK君、そして、教育学部出身のうちの長女。

この店を選んだのはS社長。「分流」というから和食店かと思ったらイタリアン。久しぶりに会うN君や、3か月前にセミナーで少し話しただけのK君、初対面のTさんらの話で盛り上がり、どうしてこの店だったのかは聞きそびれた。

今朝、酔いがさめて、改めて気になり調べてみた。その結果、イタリアとの文化交流を目的としたユニークな会社であることが判明。

・1973年から高田馬場で営業しているイタリアンの老舗
・イタリアとの「文化交流」から店名を取り、「分流」
・なので、単なるリストランテでなく、イタリア料理研修旅行、講習会など開催している
・洋書部で出版事業も行っている
・イタリア語の通訳&翻訳事業部もある

創業者で会長の西村氏は、イタリア語辞書の編集委員までやっている。どうりで、店の壁が本でいっぱいになっていたはずだ。

ところで、そのイタリアで外食人気No.1は日本食ついで、中華。イタリア料理はなんとゼロ ひょっとすると、イタリア人にとってイタリア料理は家庭食で、外食するものではないのかもしれない。ということは、イタリアのリストランテの大半は観光客向けということになる。


Internship

2017年02月26日

「喫茶王国」香川?

伊吹島









































香川県は、うどん県であるとともに「喫茶王国」ではないか。昼休み、うどんを5分でかきこむくせに、その後は喫茶店で30分お茶を飲む。そのせいか、個性的な喫茶店が沢山ある。

中でも、そのユニークさで筆頭ではないかと思っているのが、五色台の麓にある喫茶「麓」(ろく)。場所は高松から五色台トンネルの手前を右に下って行った住宅街の中(亀水町1141-1)。通りすがりでは絶対分からない場所。

どうユニークかというと、自宅がそのまま喫茶店なのだ。自宅併設の喫茶店というのはよくある。裏や二階が自宅になっていて、表がお店。しかし、ここは夫妻が暮らしているご自宅全体がそのままお店。仏間でも寝室でもどこでも好きなところで飲んでくれという鷹揚さ。

そして、ママのコレクションというアンティークや人形が所狭しと並べられている。 写真は、今月並べられているお雛様コレクション。クラッシックカーの上に鎮座している。季節によって変わるから、一体どれだけのコレクションなのだろう?

どう見ても70代には見えない若々しいママが店を開いた(自宅を店にした)のは20年前だという。自家製のパンが美味しい。

 営業時間:9-16時 (日曜日定休)

2017年02月05日

丸亀製麺→クローバー珈琲→コナズ珈琲

35









































加古川発の讃岐うどんチェーン店である「丸亀製麺」が満を持して讃岐うどんの本場香川県に上陸したのは2012年の1月。実際は、別の店名でモール内に出展していたのだが、丸亀製麺の名前で県内に路面店を出したのはこれが初めてだった。

それから3年後の2015年1月に閉店。個々の店の損益状況は分からないが、香川は98万人の県民にうどん屋が700店舗あるという世界一のうどん激戦区。客の入りは良くなかった。店は改装され、同年3月に「クローバー珈琲焙煎所」になった。丸亀製麺を運営するトリドールの新業態である。この店は駐車場に車が入りきらないほど繁盛していた。

上手くいっているな、と思っていたら、1.5年でまた閉店。どうしたのかと思ったら、今度は、「コナズ珈琲」として昨年9月にオープンした。新しい店はとりあえずチェックする好奇心旺盛な香川県民。以前にもまして混んでいるようだ。

そんなことで、次女が3年ぶりに遊びに来て、考えていた店が臨時休業であった今夕訪問。ランチの方が混んでいる店なので5分待ちで入れた。

以前からレイアウトが変わり、半個室風のテーブルが無くなり、よりオープンに。以前は、店内焙煎の本格コーヒーを売り物にしていて、フードメニューは軽食に限られていた。今回はハワイがコンセプトのCafe形態で、パンケーキやハンバーガーメニューが充実している。

客単価は、丸亀製麺500円(同社IR資料より)に対して、クローバー珈琲は1000円、コナズ珈琲は1500円位ではないかと思う(私の実感&観察)。丸亀製麺の標準的な店だと30分以内に回転すると思うので、この客単価が正とすると、クローバー珈琲では1時間以内に、コナズ珈琲では1.5時間以内に出てほしいところ。クローバー珈琲で駐車場が渋滞していたのは、客滞在時間がもっと長かった可能性がある。それでもっと客単価が取れるコナズ珈琲に業態転換したのではないか。

クローバー珈琲は2015年3月の栗林公園店が1号店。この後全国で数店舗出たが、現在残っているのは1店舗のみ。一方、コナズ珈琲は2013年に1号店が出たのち、栗林公園店も入れて6店舗まで増やしている。

今夕の店内は10代から70代まで幅広い客層だった。団塊の世代がほぼ退職し、年金もしっかり貰っているので、金と時間の両方がある。団塊の世代が車で外食する今後10-15年間は郊外型カフェ業態は伸びそうだ。

2017年01月14日

讃岐ラーメン

Internship

























































「徳島ラーメン」はあっても、「讃岐ラーメン」は聞いたがことがないという人が大半だろう。それだけ讃岐ではうどんが圧倒的なのだ。

その讃岐で居酒屋で出していた中華そばが評判になり、後にラーメン専門店になったのが「はまんど」。ラーメン開発に当たっては、森の大将が県内のうどん屋をすべて食べ歩き、ついにはラーメン屋がうどん屋を押しのけて「初代 讃岐うどん王」になってしまった。讃岐うどんののど越しに、瀬戸内のいりこからとった和風だしで仕上げたラーメンでもうどんでもない「讃岐ラーメン」なのだ。

今は、県内2店舗の他、横須賀(北久里浜)にも。大将は最近は横須賀にいるらしい。私は本店にしか行ったことないが、古民家風で、店内にはジャズというオシャレさ。うどん激戦区香川でうどんで500円以上とるのは至難の業(セルフなら「かけ小」で200-300円)。そこに高付加価値で勝負して成功している(はまんどラーメン780円)。

作品「踊る大捜査線」で著名な映画監督・本広克行(香川県・丸亀市出身)氏の「UDON」にも実在のラーメン店主として出演、店舗紹介されたことは知るところである。讃岐うどん巡礼者の聖書ともよばれる有名著書「恐るべき讃岐うどん」(田尾和俊氏・著)に登場する人物。麺通団(めんつうだん)員・盛の大将(もりのたいしょう)のニックネームも持つ。 

2017年01月08日

イギリス田園都市の発想は飛鳥山からだった!?



かつての東京郊外の歴史を探るこの本の第一章は「イギリス田園都市の発想は飛鳥山からだった!?」。

王子にある飛鳥山。王子は江戸時代以来、別荘地・リゾート地だったらしい。幕末にここを訪れたプラントハンターのRobert Fortuneが絶賛し、それを読んだ都市計画家のRaymond Unwinが「田園都市」を構想した。ロンドン郊外のレッチワースが世界最初の田園都市と言われるが、実はそのルーツは江戸にあったのだ

さて、その王子には江戸最古と言われる料理屋があった。それが扇屋と海老屋で、慶安年間(1648-52)に農家が農閑期に始めた小さな茶屋だったらしい。その後兄弟で、武家を相手にする扇屋と、町人を相手にする海老屋に分かれたということ。両方とも江戸の料理番付に載る名料理屋だった。

先に出た世界中の植物を採取していたRobert Fortuneは『幕末日本探訪記』でこれを書いている。『古代への情熱』のシュリーマンも1865-66の世界漫遊の際に訪れ、『シナと日本』で以下のように書き残している。

「この茶屋は木造二階建てで掃除が行き届いていた。磨き抜かれたか、あるいは漆塗りかの床に、絹で縁取りされた美しい竹の敷物が敷かれ、日本のどこでもそうであるように、家具調度の類はいっさいなし。目のさめるように美しくてうら若い12歳から17歳の乙女たちが給仕をしてくれる」

よほど、日本人女性が気に入ったのだろう。

Internship































22:「日本では、桜や桃の花が咲く季節に祝日や大きな祭があるそうです。木が植えられた特別な場所に集まり、花の下で酒盛りをして楽しむのです。もしもわれわれが、われわれの国の街路にもそんな個性を与えられるなら、われわれの国民は家と仕事場をただ往復するのではなく、花の咲く道に立ち寄るでしょう」Raymond Unwin『都市計画の実際』1909

アンウィンは、世界最初の田園都市と言われるロンドン郊外のレッチワースをはじめ、ハムステッド・ガーデン・サバーブ、ウェルウィンなどの住宅地を計画した都市計画家である。そのアンウィンが、日本の都市、おそらくは江戸・東京の街の中に桜や桃がたくさん植えられ、それらが季節を告げるように次々と咲き、庶民が花見をして楽しむ暮らしをうらやみ、ぜひイギリスの都市もそうしたいと言っているのである。

27:Robert Fortune(世界中から新種の植物を採取するプラントハンター、1860年に来日)
「私は世界のどこへ行っても、こんなに大規模の、売り物の植物を栽培しているのを見たことがない」染井を訪問して 

2016年12月04日

へんこつ屋

伊吹島

























モータリゼーションで駅からの人の流れが消え、シャッター通りになりつつある琴平の商店街。その中で昔ながらに頑張っているのが「へんこつ屋」。へんこつとは讃岐弁で「頑固」。大阪の「がんこ寿司」みたいなもんです。こっちは和菓子店ですが。

名物は「へんこつまん」と「栗羊羹」。これを大正3年創業の店で販売中(有形登録文化財)。店内飲食も可能で、1階には「落書き部屋」、2階には「石松30石部屋」に「写し呑象楼部屋」。今回は、石松部屋でお抹茶セットを頂きました(650円)。 

2016年10月22日

N cafe & gallery



もう一つ昨年高松に開店した喫茶店を紹介したい。フランス料理店「ラ・プロヴァンス」が屋島に引越し、その後に出来たN cafe & gallery。オーナーの野口さんは知る人ぞ知る芸術家一家なのだ。

お母さんがステンドグラス作家で、長男が抽象画家、次男が陶芸家で店の器のほとんどは彼の作品。三男は広島で洋画を学んでいて、絵はうまいものの自分のスタイルが確立できず、中々芽が出ない。お父さんが、「哲哉だけは芸術で食べていけないかもしれない」と心配していたのだが、5年ほど前から侍のフィギュアで大ブレーク 今や、一家で一番の売れっ子となった。

行き先を家族に危ぶまれた三男による大逆転!人生何があるか分からない。

 

2016年10月21日

プシプシーナ珈琲

歌舞伎鑑賞教室






















































うどん県民は喫茶店好きでもある。うどんには10分以上、500円以上掛けないのに、昼休みにうどんを慌ててかきこんだ後、30分かけて優雅にお茶を飲む。瀬戸内海の穏やかな気候に恵まれ、天災も少ない。お茶の文化は江戸時代から盛んだったという。

というわけで、県内には、こだわりの喫茶店が数多くある。これまでもいくつか紹介してきたが、こちらは今週初めて行った「プシプシーナ珈琲」。珈琲豆の専門店で、焙煎所の一角でコーヒーも飲めるというスタイル。製麺所タイプうどん屋の喫茶店版だ。

プシプシーナとはムーミンの原作者トーベ・ヤンソンさんのお母さんが飼っていた黒猫の名前らしい。店は3年前に現在の場所に引っ越してきたのだが、最初の店を開店した時飼っていた猫がそっくりだったことから店名に付けたそうだ。

焙煎所なので珈琲がおいしいのはもちろんだが、店の魅力の一つが店や商品に描かれるデザインにあるのは間違いない。これが非常にしゃれているのだ。聞けば名古屋の美術大学を出ているので、オーナーの登尾紘子さんが自ら描いているのだそうだ。

商品に本物の価値があって、それを伝えるデザインとストーリーがある。なので、単なる宣伝ではなく、ブランド価値を高める取り上げられ方をする(例:ELLE)。マーケティング的にも大変理にかなっているのだ。 

2016年09月24日

野趣房 野良里

野趣房 野良里

























山なみ芸術祭を見にまんのうに行った際、ランチに寄ったのがここ。住所が「炭所」というくらいで、徳島へ抜けるのに時々通るR438からそれ、県道190号を山の方へ入る途中にある。

短いが急なアプローチを上がると結構な広さの駐車場がある。建物はカントリー風。説明によればオーナーがご自身で建てたらしい。隣の木工所が最初で、納屋で遊びに来た友人とお茶をしているうちに、仲間内で「カフェにしよう」と皆で作っちゃったらしい。そんなわけで、家具も全てオーナーの手作り。道理で、洗練されたというより、重厚で温かみがある。

食事は奥様の担当。定食は写真のように小鉢でおかずが四品付く(950円)。「和風だしカレー」もあるらしいので、次回はカレーを試してみたい。

それにしても、こんな場所で店が成り立つというのは昔は考えられなかったと思う。店がいつできたのかを聞き忘れたが、ずっと更新されていない店のブログの最初の投稿は2009年。口コミ&ネットの力&雑誌掲載(タウン情報誌)だと思うのだが、背景には、田舎でのカフェ需要増があると思う。この10年くらいでカフェが増えてきて、それが大抵流行っているのだ。

団塊世代が大量退職し、暇なのはないか。旦那が家にいて、毎日お昼を作るのは奥さんが嫌がる。結果、「お昼は外で」という機会が増えていると思うのだ。昔なら、大半が農家だったので定年がない。団塊の世代は田舎においても、ほとんどが勤め人だ。農地はあるが週末に耕すだけの兼業農家か、どうせ大した儲けにならないからと貸している家も多い。 

2016年09月06日

スープカレー

Finland













札幌は、「スープカレー発祥の地」らしい。ということは、インドにもないのか

今回の札幌訪問にあたり、LBS同窓生で札幌出身の高野さんにお店を推薦してもらったところ、スープカレーの店があるという。カレーのスープ?よくわからなかったけど、初日ランチは味噌ラーメンにして、2日目に教えてもらったPICANTEに行ってみた。

ホテルで仕事があったので家族を先に行かせたところ、平日なのに30分待ちという。後から合流したが、最初、道路の反対側にあった店を通り過ぎて、はす向かいの店に入ってしまった。 「スープカレー」の幟がたっていたので、ここだと思って迷わず入ったら、別の店だった。それだけ、市内にはスープカレーの店が多い。

スパイスの効いたサラサラのカレースープに、大きな具材。味はイリコ出汁に慣れた身には強烈。サラサラのカレーは南インドでイロイロ食べたが、具材は一緒に煮込んである。こちらは、具材は別途調理してあるので原型のまま。野菜は素揚げ。

 昨日の濃厚味噌ラーメンといい、スープカレーといい、味が濃いのは北海道の特徴なのか?寒いうえ、開拓で肉体労働者が多かったから、説明はつく。

2016年08月07日

Gallary Cafe なゆた

TCP2015








































うどんを食べるのは早いのに、なぜか、その後、喫茶店でまったりするのが好きな讃岐人。そんな讃岐人のオアシスの一つがここ「なゆた」。

場所は、かつての田んぼの真ん中。旧高松空港跡地が再開発されて、急に住宅街に変わった林にある。元々農家だった自宅を改装したそうで、奥には納屋があったりと農家の造りを残している。

店内には写真のような懐かしいおもちゃがずらり。これは売り物で、値段が付いている。2階はオーナーの映画を中心としたコレクションがある。おもちゃの数もコレクションの数も半端ではない。時間のある時にゆっくり見せてもらうのがお勧め。 

定休日 :日曜日

2016年05月12日

世界三大珍味



「世界三大珍味」というのは、キャビア・フォアグラとトリュフらしい。尤もこれは、西洋人にとっての話で、正直、それほど美味しいとは思はない。キャビアよりいくらの方が断然おいしいと思うし、フォアグラに至っては、病的な味に思える。食べる機会がある以前に、「ガチョウやアヒルに無理やり食べさせて脂肪肝にしたもの」という話を先に聞いていたからかもしれない。何れも高級食材だし、それほど好きでもないので、日本で食べることはまずない。

その稀な機会がやってきた。パリで滞在している友人宅の隣がTruffes Foliesという、トリュフ専門レストランなのだ。食前酒にも前菜にもメインにも全てトリュフが入っている。

上記の動画にも出てくる、パルメジャンのサラダとリゾットを頼んでみた。サラダにはパルメジャンチーズとトリュフの薄切りが載っている。ドレッシングはバルサミコとオリーブオイル。塩が振ってあって、かなり塩辛い。

メインのリゾットはトリュフの香りがよく、美味しいのだが、これも塩辛い。フランスではパンにでもチーズにでも塩が入っていることが多い。

ところが統計を見てみると、フランスの食塩摂取量は1日平均8.4gということで、日本の11gよりかなり少ない。これは意外だ。日本では、出汁を飲んだり、何にでも醤油をかけることが多いからなのか?チョット不思議だった。 

2016年03月27日

うどん県のそば屋

探検バクモン

















香川県は「うどん県」と言われるだけあって、うどん屋の数は700店舗位ある。人口100万人なので、人口1万人当たり7店舗。あるいは、1店舗当たりの人口1428人でこれはもちろん日本一だ。

そんな、うどん県でそばを食べる人は居るのか?
↓
↓
↓
答え:居る(笑)

上図は、「うどん屋・そば屋比率」を表した図で、これでも香川県はそば屋に対するうどん屋比率6.4でダントツ日本一。2位は高知県の3.9。全国平均はほぼ1なので、うどん屋とそば屋の数は拮抗している。西日本でうどん屋比率が高く、東日本でそば屋比率が高い。意外なのは、九州でそば屋の方が若干多い。うどん・そばよりもラーメンなのかもしれない。

しかし、逆に言えば、香川県にも約100件のそば屋があること。私自身は、東京ではそば屋、香川ではうどん屋と決めているのでめったに行かない。先週は、その「めった」の日。香川のうどん屋は昼にとにかく早く食べるものなので、ゆっくり会食するには向かないのだ。

行ったのは、高松の郊外にある「うえはら」。「さぬき蕎麦」と称しているが、どういう意味かは不明。十割蕎麦を出している。細麺と太麺あり。営業は金土日の1130-1430のみ。店舗は、おそらく古い納屋を改装したのであろう、古民家風でオシャレ。席もゆったりしている。器は娘さんの自作という凝りよう。

さて、肝心の蕎麦は・・・十割の割には蕎麦の風味が弱い。「食べログ」を見ると、出汁が薄いという人もいた。好みの問題もあるだろうが、営業時間の短さからしても、多分に趣味的にやっており、出来にバラツキがあるのかもしれない。

私は以前行った「日月庵」の方が好みか。しかし、ここも日曜日と月曜日しかやっておらず、「うえはら」よりさらに徹底している(笑)。うどんが圧倒しているうどん県において、「うどんは日常」で、そば屋はかように道楽的なのであった。

2015年12月18日

香川のUターン人材



「ことでん」で高松築港から17分、車で高松中央ICから15分のところにあるのが仏生山。江戸時代、高松藩松平家の菩提寺・法然寺の門前町として栄えた。しばらくひっそりしていたが、この10年ほどで古い街並みの中に新しいカフェや雑貨店が出来、外国人を含む観光客が増えている。

その先駆けとなったのがCafe Asile(アジール)。地元に戻ってデザイナーの仕事をしていた倉橋直嗣さんが2004年にオープンしたカフェ。漆器屋を営んでいた築80年のご実家を改装した、モダンX古民家カフェのはしりである。倉橋さんは街づくりの核となって活躍されている。

近くにはグッドデザイン賞を受賞した仏生山温泉もある。設計したのは、東京の「みかんぐみ」で働いていた岡昇平さん。温泉を掘ったのは岡さんのお父さんだ。

こうしてみると、香川にも結構、人材がUターンしている。まちづくりで活躍しているのも、外で働いていたり、あるいは、仕事で県外&海外に出る機会が多かった人が多い。 ずっと地元でいる人には「当たり前」で、中々その価値が分からないのだ。

2015年12月17日

Cafe de Flots

OIC






















































香川県の昼はうどんが定番なので、それにかかる時間も費用も最小限。そのため、昼食をメーンにした外食チェーンにとっては厳しい場所と言われている。

ところが、一方で、喫茶店の数も多い。統計によれば、人口10万人当たりの喫茶店数は98件で全国上位。これは東京の倍だ。

不思議なことに、うどんに300円以上払わないうどん県人が、カフェランチには喜んで1000円払う。おそらく、「うどん300円+その後喫茶でコーヒー400円=700円」なら、最初からカフェランチにすれば移動もなくてゆっくりできるから1000円でも合うという計算高い?讃岐人の判断なのだろう。

三豊でオーシャンビューのカフェといえば、Cafe de Flots。目の前は海で、沖に蔦島が見える。今年10周年を迎え、すっかり地元でも定着した。仁尾町の海沿いの道(県道21号線)にあるが、建物は倉庫そのものだし(元倉庫)、看板は最小限なのでそうと知らないと通り過ごしてしまう。オーナーの浪越さんに、「看板を変えないんですか?」というのだけど、「風景に溶け込む」今のままがいいのだという。

写真のカレーと、オムレツ、それにハンバーグが定番のランチ。ランチのみの営業で、夜は予約のみ。 

2015年12月16日

地中海カフェ PLAYA

PLAYA








































































香川県の東側を東讃という。「海の銀座」とも言われ、瀬戸内海航路の船が頻繁に行きかう高松沖や西側とはまた違ったのんびりした雰囲気の瀬戸内海が望める。

その風景は「地中海のようだ」ということで出来たのが、「地中海カフェ プラヤ」 オーナー経営者の中山さんは元デザイナーで、その趣味が店の設計に生かされている。店内いたるところに飾られているのはアーティストである奥様の作品で、その多くは販売されている。

ランチは1000円のプレートランチ(写真)のみ。土日祝のみオープンで、店内禁煙。そして、子供の入場お断りなので、注意。

2015年10月17日

蔦谷本店

写真 3 (4)






















































「蔦谷本店は本屋ではなかった!」


というのは冗談だが、こちらは、松代にあるおやき&スイーツの店。TSUTAYAの方は、枚方で創業して間もないころ増田社長を仕事で訪ねたことがあり、「文化を手軽に広げるということから、江戸時代に出版で大衆文化を広めた蔦谷重三郎にあやかった」と聞いている。

北信濃ではこの「おやき」がおやつだったということ。「おやき」には、具を別にして、揚げたものと蒸したものがある。今回食べたのは、蒸したうえで焼いて軽く焦げ目をつけたもの。地元出身の友人にいわせると、「これがおばあちゃんの味」ということらしい。

そして、この「おばあちゃんの味」を出しているのが、松代の蔦谷本店なのだ。揚げ物が苦手の私には食べやすかった。定番の具には、ナス、野沢菜、キャベツ、ニラ、粒あん、しめじ入り切干大根、かぼちゃがある。それ以外に、季節の野菜。基本はみそ味で、ちょっと濃い。腹にも貯まるので、農作業の合間に食べるものだったのだろう。

季節の野菜や、ちょっとした間に合わせの材料で簡単に作ったのが始まりで、それが家々の風習、食文化、地方の行事や文化とまじり合い、今の「おやき」としての型になった。(蔦谷本店) 

2015年08月14日

クーポンサイトに出ている店の特徴

Blue-Tree-Hotels





















毎月クーポンサイトを使っている。元々外食の機会が多く、「安くあげたい」というのが動機だったが、最近はそれよりも、「知らない店に行くきっかけ」になっている。年齢を重ねるに従い「時間が経つのが早い」というのは、生活パターンが決まってしまい、「初体験がない」せいともいわれる。

経験を重ねるに従い、自分の好みもはっきりする。なじみの店が出来ればそこに行って「いつもの」を頼んで、「いつもの」サービスを受けるのが一番だ。しかし、それでは新発見の楽しみがなくなる。

しかし、あてずっぽうで行くのもリスクが高いので、クーポンの割引を動機にして試している。これまで数十件の店を試した結果、クーポンサイトに出している店は以下に分類されると思う。

�/�事やサービスはいいのだが、ロケーションが悪くて苦戦している店
��開店して間もなく、知名度を上げたい店
�8機皇鷆,靴討い詁睛討北簑蠅�あり、クーポンなどで実質値下げしないと客が来ない店

�,筬△両豺腓蓮▲�ーポン利用によるコスパがいいので、満足度は高い。一方、��は元々の値付けがおかしいので、クーポンを利用してやっと「まあまあかな」という店。中には、「通常価格」を意図的に高くし、クーポンで半額以外にも、格安コース料金の設定など、大幅割引を前提とした詐欺まがいの店もある。

記録は取ってないが、実感としては、��30%、��20%、��50%位か。�,遼�足度は高いが、�△賄�たり外れがあり、��は外れの方が多い。総じて、五分五分ではないか。

改めてクーポン共同購入サイトの状況を見てみると、5年前に200社以上あったサイトは10社程度に集約されている。なかでも、表の通り、世界最大手で上場しているグル―ポンの日本子会社と、リクルートが運営しているポンパレの2強状態になっている。

クーポンサイトのビジネスモデルは、
・定価の半分程度で商品やサービスを提供する
・店はさらにその半分をサイト運営企業に掲載料として支払う
というもので、店に実際に入るのは、定価の1/4程度だ。これで赤字にならないためには、売上原価が25%以下である必要があるのだが、飲食店で原価率が25%以下というのはまずない。通常は40-50%である。中には、「俺の」のように60%と意図的に高くして、回転率でそれを補う店もある。

一回限りのPRとしてはあり得るが、クーポンサイトを恒常的に利用している店は、�,吠�類される良心的な店であれば潰れる可能性が高く、��であれば、そもそも値付けがおかしいということになる。

そのせいか、数年前に比べると、ポンパレの場合は飲食店の掲載が少なくなり、代わって、商品の掲載が増えた。通販商材の場合、元々原価率が10-30%ということも多いので、定価の半額で売っても普通に利益が出る。なので、通常のECとの区別がつかなくなってきている。 

2015年08月02日

製麺所→焙煎所

丸亀製麺所が香川に初進出したのは2012年の1月。「最大手がついに本場に進出」と注目されたが、開店から3年の今年1月に閉店した。

それから2ヵ月、3月末にオープンしたのが「クローバー珈琲焙煎所」。「製麺所」から「焙煎所」への転換である。

その焙煎所に今朝はじめて行った。店に入ったのは930だったが、駐車場は既に9割がた入っている。店内は奥の喫煙席を除いて、8割がたの入り。それも、4人席を二人で使っている人が居たりするからで、ほぼ満席と考えていいだろう。

店内はゆったり作ってある。所謂「滞在型」の喫茶店で、コメダを意識していることがよく分かる。コメダより席はゆったりしていている。コメダの席は半個室風に区切ってあるが、こちらはスタバ風にオープン。

クローバー栗林公園


































コーヒーの値段は450円で、朝は11時までトーストがサービスで付くのもコメダ風。コメダとの差別化を意識してだろうか、コメダと分量は同じなのだが、通常のトースト2枚分の厚さで、逆に面積は半分というインパクト重視

OIC









































注目すべきは、店の入り口にこれ見よがしに置かれた焙煎機。たまに凝った喫茶店で見かけることがあるが、チェーン店ではこのレイアウトは初めてだろう。「うちは本物だ」と主張しているのである。

OIC
























考えてみれば、これは丸亀製麺所の成功要因であった。香川の従来からある「製麺所」では、客席と製麺スペースの境が曖昧で、客は、うどんを食べながら麺が打たれ、裁断され、茹でられる様子を見て、そのライブ感を楽しんでいた。元々、製麺が本業で、近所の人達に「(サービスは出来んけど)勝手に食べてな」と始まったのが、製麺所タイプのうどん屋である。(その辺の事情は以前小論文にまとめて学会発表した。当時のインタビューはこちら)

これをヒントにチェーン店化したのが「丸亀製麺所」。全国で大成功したが、コストの低い家族経営のセルフ店がひしめく本場市場に参入したのは最近になってだった。ロードサイド型の大規模店を新規に出すやり方では採算が合わず、業態転換を図ったものと思われる。

店員さんに聞いたところ、本業態は栗林公園店が第1号で、全国でまだ3店舗とのこと。会社側計画では、本カフェ業態を第二の柱にしようとしていることがわかる。

現在、香川県内で実験的に運営している「クローバー珈琲焙煎所」を、全国チェーンとして展開する。平成27年度には同チェーンを中心に8店舗、28年度に25店、29年度に40店を新規出店し、30年度以降は年100店規模の大量出店を行う方針。ゆったりくつろげる店舗提供で、地方住民の集合場所としての需要を取り込み、丸亀製麺に次ぐ柱事業に育成する。(産経ニュース) 

2015年06月27日

カンボジアで唯一の同窓生

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いつものことだが、海外に行くときはLBSの同窓会名簿を調べて、現地の同窓生にアポを取ってから行く。MBAの同級生は180人しかおらず、それも、同じクラス以外はほとんど知らないので、直接知っている同窓生は60人ほどしかいない。それ以外は一度も会ったことのない同窓生と言うことになる。それでも、「MBA31 の高木で、日本の同窓会長をしていた」といえば、大抵の同窓生が時間を取ってくれるのがLBSのいいところ。

実は9年前に初めてカンボジアを訪問した時、同窓会名簿に現地在住の同窓生はいなかった。世界150カ国に同窓生が居る中、一人も居ないというのは逆に珍しい。それだけ、当時のカンボジアは「新しい国づくりが始まったばかり」ということだったのだろう。

今回検索したところ、2人の同窓生が在住となっており、連絡を取ってみた。直ぐに二人から返事があったのだが、一人は今はロンドンベースになっているという。もう一人の昨年卒業したばかりのMBA2014のイタリア人は居るということでランチすることにした(写真)。 

Aldoはミラノの出身で、国連WFP勤務。大学卒業後、ずっと国連勤務だそうだ。MBAには「派遣だったのか?」と聞いたら、自費で行ったそうだ。20代の頃、紛争地での勤務が長く、危険手当が貯まったので、「他の可能性も探してみたい」と2年間休職してLBSに行くことにしたという。LBSでの経験は「最高だった」というが、自分にはWFPの仕事が合っていると復職した。

彼のチョイスで向かったのは、タイ&クメール料理の店Khmer Surin 。Surinとはカンボジア国境にあるタイの地域で、人種的にはカンボジア人らしい。伝統的木造家屋を改造した老舗で、各SNSでの評価も高い。今回は一階の中庭に面したテーブルだったが、床に座って食べる2階も面白そう。

2015年06月07日

夢中庵

無庵








































「日本一小さな県」である香川県だが、まだまだ知らないところが一杯ある、とまた感じたのが「夢中庵」訪問。高松空港からほど近い里山の中にある。誰にも教えたくないくらい素敵な場所だったが、主人の滝川さんが「もっとお客さんにも来てもらいたい」ということなので、読者限定で公開。

滝川さんの本業は木彫。夢中庵は木彫工房だ。付属して茶店「無庵」もやっていて、こちらは月に4日だけ、第一土日と、第三土日の週末だけ営業。立派なピザ釜もあってピザも食べれる。完全予約制。

香川は人口密度も521人/km2あり全国第11位。全国平均の343人を大きく上回る。勿論都会ではないが、田舎ともいえない。「30分も車で走れば里山の広がる田園都市」というのが近いと思う。県民性は勤勉で、貯蓄好き。のんびりした雰囲気ではない。しかし、この県民性は資本の蓄積も生み出し、それが趣味人を支えている。富の無いところ文化も根付かない。贅沢のできる余裕が文化を育てるのだ。


2015年05月21日

屋台を引くのがビジネスの原点

豊島








































今回のJICA日系人研修では、前回に引き続き、「ブラジルで日本の麺ビジネスを行う事業計画書」提出を2週間を通じたテーマにしている。稲盛和夫さんも、著書で、優秀な経営幹部を育てるには「夜泣きうどんの屋台を引かせるのが一番」と言っている。

小さな規模で、事業コンセプト、マーケティング、設備投資、品質管理、サービスなど事業全体を考えて実行し、しかも、その結果がすぐ出る商売は経営感覚を磨くのに最適だ。京セラで本当にそういう研修があるのかどうか知らないが、少なくとも、考えさせてみる価値はある。こうしたテーマを与えることで、2週間の間講義で学ぶ理論や知識が、統合された意味のある智慧となる。

本件を実施するにあたって、小型麺機製造及び麺専門店経営学校で日本一(=世界一)の大和製作所の協力を得て、うどん作りと事業計画づくりの基本を習った。その模様は当日地元TV局のニュースで流れた。

2015年05月16日

観音寺の能舞台付茶寮

焼山寺






























地元の元経営者Mさんは食べることが好きで、県内の飲食店をほぼ制覇している。そのMさんが、「高瀬でしたら、久しぶりに観音寺の店に行ってみますか」と連れて行ってくれたのが、雅之里。「なんでこんな場所に?」と思う、琴弾公園の奥にあり、普段交通は全くない。聞けば、元々国鉄の保養所だったということ。民営化にあたり売り出されることになり、当時観音寺市長だった加藤義和(加ト吉創業者)から紹介を受け土地を購入し、造成、造園、新築したのだという。

大阪で生まれ婦人服のデザイナーだったというオーナーの谷端慶子さんは御年81歳。55歳で会社経営を辞め、香川に移住した。

余りに目立たない場所にあるので、宣伝は一切お断りかと思い、当初、写真も控えていたのだが、写真は撮っていいということでパチリ。2年前に利用された方が店内の様子をかなり詳しく書かれているので、そちらのリンクを見ていただきたい。 

2015年03月09日

Fogo de Chao

乃木神社




























ブラジル料理といえば、シュハスコ。そのシュハスコ店として最も有名なのがFogo de Chao。串焼きの牛肉をガウショ(ブラジルのカウボーイ)姿のボーイがテーブルで切り分けてくれる。しかも、食べ放題である。肉、中でも牛肉の苦手な私は自分では絶対に行かない店だが、ブラジルまで来て名物を食べないわけにも行かず、現地の日系人に誘われるままに付いて行った。

肉の味は分からないが、サービスが素晴らしい。普段のんびりしたブラジル人がこんなに機敏に動けるかと思うほど(笑)、至れり尽くせりやってくれる。勿論、その分値段も高いが、サンパウロではカジュアルレストランでランチしても3000円位掛かる程物価が高いので、肉好きなら元が取れるだろう。

ブラジルで人気の同店、現在では、米国で24店舗とブラジルの9店舗より断然多い。他には、メキシコとプエルトリコに1店ずつ。肉の高い日本では難しいか? 

2015年02月13日

Mr牛丼

休日























「ミスター牛丼」こと、吉野家の安部会長が高松で講演。アルバイトから社長に上りつめ、吉野家のトップを22年間勤め、昨年8月末に会長に退いた。

話しがていねい。自ら、「吉野家の歴史と、牛丼のことを話し出すと止まらない」と言っていたが、その通りで、講演は予定時間をかなり過ぎた。その後の質問にも、聞かれたことだけでなく、関連することをあれこれ付け加えるので、最後には何の質問だったか忘れるほど。 

誠実な人柄がにじみ出ていて、なるほど、この人なら信頼して部下も付いていくだろうと思わせる。派手さはなく、要領も悪そうに見える(本当はどうか知らない)。そのせいか、吉野家では、アルバイトが集まらなくて店舗を閉鎖したという話は聞かない。それが、吉野家の社風になっているのだろう。

現在も残る吉野家の第一号店(築地)は、10坪の店に15席で、1日1000人が来店したという。それも、7時間の営業時間でだ。客席回転数、ナント、70回転 月商830万円で、年商1億円の店は、単品でこれだけ売る店は、当時「世界一」と言われたらしい。

現在の吉野家店舗は平均的に、700-800人が一日に来客するという。客単価500円とすれば、日商35-40万円。月商1000-1200万円という事になる。 1号店より大きく、24時間営業でこれだから、効率の点では昔の1号店にはまるで敵わない。

2015年02月04日

交詢社

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日本最古の「倶楽部」である、交詢社でランチ。1880年(明治13年)に福沢諭吉が提唱し、結成された。当然、慶応義塾の同窓生を中心としたメンバー(「社員」という)であったが、それ以外の会員も当初から居たようだ。現在では、慶応同窓生とそれ以外が半々ということ。

以前の建物は、関東大震災のあと建て直した1929年(昭和4年)の歴史的建造物であったが、2004年に地上10階建ての現在の建物に建て替えられ、1-8階はBarneys NYなどのテナントが入っている(写真)。

以下、交詢社の「沿革」から。
 「交詢社」は明治初期の頃、当時まだ「社交」という言葉が十分に使われていなかった時代 に、福澤諭吉先生の主唱により、銀座の地に創られた日本最古の社交機関です。また同時に公益に関する事業を行うことをも目的とした財団法人として永年事業を展開し、平成23年(2011年)7月より公益法人制度改革に沿い一般財団法人に移行しました。


学校教育を終えて社会人となった人たちが、めざましく変化する実社会に対応するため、各人が互いの知識を交換し合って、流動する社会の実務に対処する機会を提供しようとの主旨で、「知識を交換し、世務を諮詢する」ことを目的に明治13年(1880年)に設けられました。


創設当初から社員(メンバーのこと)数は1,800名ほどもあり、職業の内訳は官吏・学者・商業・農業等が大部分であり、しかもその過半数は地方在住の人たちでしたから、交詢社が職業や学歴、居住の地域に偏ることなく、広く社会で活躍する人材を網羅した組織だったことがわかります。


2014年12月07日

The Hundred-Foot Journey



羽田からシンガポールまでのフライトは7時間。行きは昼間の便にしたので、3本の映画を見た。一本は『アナ雪』で(笑)、話題についていくため(もう、遅い?)。

一番良かったのは、『マダム・マロリーと魔法のスパイス』という長ったらしい名前のヤツで、原題は"The Hundred-Foot Journey" One foot=30.48cmだから、直訳すれば「30.48mの旅」ということになる。旅というにはエラク短いじゃないか、というところがミソである。

選挙騒動で店が焼かれて母も失ったハッサンは父に連れられ、ムンバイからロンドンに移る。さらに、店を開く適当な場所を探してフランスへ。たまたま車が故障した町に使われていない店舗を見つけて開店することにするのだが、そこはミシェラン★を持つフランス料理店の目の前だった。

フレンチの店の女主人は、突然やってきたインド人一家が目の前で開店することに怒り、営業妨害する。ハッサンの父も徹底して対抗する。この二つの店の距離はたった30mしか離れてないのだが、「戦争状態」となり心理的距離は甚だ遠く、和解までには長い「旅」が必要だったということになる。 

2014年11月02日

ぶたかば

かばくろ





















カバヤ工場見学の際、「お昼食べるのにどこか良いところはありますか?」と訊ねたところ、推奨いただいたのが「かばくろ」。カバヤの「かば」かと思ったら、全く関係なく(笑)、豚を蒲焼にして出す店なのだという。

R53沿いにある店に入ったのは正午過ぎ。混んでいるかと思ったが、7割の入り。どうやら、休日の観光客がメインのお店のようだ。 

初めてだったので、最もスタンダードな「ぶたかば重」1枚乗せを頼む。先週末のサイクリングの影響で食欲があったのでご飯は大盛に。これは正解だった。鰻の蒲焼と違い、1枚乗せでも豚は重の7割をうめるほどある。これにたっぷりと甘いタレが掛かっていたので、ご飯を多くしておいたよかった。

「バカ盛り」という大盛の上を行くのがあり、これはナント米1kg 誰が食べるのと思ったが、隣のテーブルの人が頼んだ。作業着姿の方、写真を撮ってFB/Twitterのネタにした後、普通に食べた

食べログによれば、これを頼んでシェアして食べてもいい感じなので、次はこれを頼んでみたい。でも、一人何か一つは頼まないとダメだよね?

2014年09月20日

POUTINE

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ベーグル、スモークミートとモントリオール名物料理を食べたが、最後に食べたのがプーティン。1950年代にケベック州で生まれ、今ではカナダ中に広がったらしい。

フレンチフライにチーズカードとグレイビー。単純にしてハイカロリー。元は肉体労働者の食べ物だったのではあるまいか。Regularを頼んだが、食べかねた。同窓生は、「若くて貧しかった頃、昼飯をこれで済ませた」と言っていた。香川なら、うどんだな。

食べたのはLa Banquiseというこのプーティンが30種類もあるという店。ものすごく流行っていて、8時に店を出た時には小雨の中外で人が待っていた。人は食に関しては保守的だ。 

2014年09月16日

モントリオールのユダヤ人遺産

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今回モントリオールではLBSの同窓生にいろいろお世話になっている。毎年世界60か国以上から留学生が集まり、卒業後「世界中どこでも働ける即戦力」として世界120か国で働いているので、どこへ行っても、「同窓生がいない」ということがない。MBA一学年400人(私が留学した当時は180人)の小さな学校で、厳しい入学選考プロセスの上入学しているので、会ったことがない同窓生でも直ぐ信用してもらえる。

同窓生のMarcelは1970年代にカナダからLBSに来た最初の留学生。当時はまだのんびりしていて、必死で勉強した記憶はないという。その後、IBMを経て独立し、創業したコンサルティング会社を大手に売却して引退した。私が最初に会ったのは6年前で、「今度、日本で数か月滞在したいのだが、どこに家を借りるのがいいか?」という問い合わせが当時同窓会長をしていた私にあったのがきっかけ。引退後、彼は奥さんと一緒に毎年世界旅行をして、趣味の写真を撮りためていた。

結局、彼は泉ガーデンに2か月間部屋を借り、そこを拠点に日本中を旅行した。「日本はいい」ということで、2年後にもまた戻ってきて、その時は私が四国に案内した。

彼はポーランド生まれのユダヤ人。戦後、1歳の時にフランスに移住。5歳の時にイスラエルへ。そして、最終的に10歳の時にモントリオールにやってきた。なので、英語と仏語、ヘブライ語が話せる。

同様に20世紀初頭に欧州での迫害から逃れてきたユダヤ系住民は多く、モントリオールの食の名物は、
・Schwartz'sのスモークミート(写真)
・ベーグル
ということになっている。Schwartz'sに行ったのは土曜日で、観光客の長い列が出来ていた。近所に2件の有名なベーグル専門店があり、そちらもベーグルを買い求める客でごった返していた。北米のベーグルはNYとここが本場だということだ。

面白いのは、Schwartz'sのあるユダヤ人街は既にユダヤ人街ではなく、イタリヤ人街にもイタリヤ人は少ないことだ。移民して最初は親戚や知人を頼り、出身地が同じもの同士でそれぞれの住宅費の安い地区に住む。生活が落ち着いてくると、もっといい住宅街に引っ越していく。その後には新たな移民が移住して来る。こうしてXX街は半世紀以上保たれていたが、欧州の混乱がおさまると移民の流れは絶えた。

しかし、有名な店はそのまま残り、経営者が変わりながらも続いている。Schwartz'sも現在の経営者はギリシャ人だという。 

2014年08月28日

なぜ、“うどん県”からチェーン店が出てこないのか

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ついにYahoo!ニュースデビュー!?先日のインタビューが記事になりました。

昨日の正午にリリースされ、午後は一時、Yahoo!トップページに表示されていたらしいのですが、自分自身は外出中で知らず。夕方になって、友達から、「出てる!」と言われて観た次第。今朝見たら、既にトップからは落ちていたものの、「経済」では2位。STAPよりは上だ。
Yahoo!トップのスクリーンショット撮っておくんだった。(笑)

ベースになっているのは、昨年の日本ベンチャー学会で発表した「うどん県からは、なぜ、うどん屋チェーンが出ないのか?」
 予定されているインタビュー「後編」では、7-8月と夏休み返上で取り組んでいた続編「うどん屋とラーメン屋比較」を行います。でもね、日常的に食べているうどんと違って、ラーメンは殆ど自分で食べないので、今一つ自信がない。

今年の学会発表まではまだ時間があるので、ご意見&情報などいただければ幸いです。 

2014年08月03日

Advantage Matrix

麺チェーン店AM























これが今回の投稿のカギになるチャート。BCGのAdvantage Matrixに基づく、麺チェーン店業界の分析である。このマトリックスは、業界の競争要因の数と優位性構築の可能性の二つの変数により4つの事業タイプに分けるものである。

ラーメン業界企業は売上規模が226-372億円と比較的近いが、その収益力(ROA)はまちまちである。古い業界であるにもかかわらず、ずば抜けた規模の企業は無く、規模を大きくすると儲からない「分散型事業」であるといえる。

うどん業界では、トリドール(丸亀製麺)が他を圧倒している。業界第2位のはなまるが吉野家傘下でROAの計算が出来ないため、代わりにやはり麺が主力のサガミチェーンとグルメ杵屋を入れた。うどん大手チェーン店では規模が大きいほど儲かる「規模型事業」になっていると考えられる。
 

しかし、うどんの中でも、香川県に限ると、県内に6店舗以上のチェーン店は存在しない。従って、「うどん県」では、規模の経済が成り立たない「分散型事業」であると言える。
 

また、注目すべき変化は、トリドールの収益性の悪化である。2009年度にはROA18.6%と現在のハイディ日高並に高かったのが、年を追うごとに悪化し、現在では10.4%になっている。うどんも全国規模で「分散型事業」に進行している可能性がある。

勿論、これは大規模なチェーン店市場での話で、個人店まで含めた業界全体でみれば、両業界とも、やり方によっては規模に関わらず儲かる「特化型事業」と推定される。 

2014年08月01日

幸楽苑

幸楽苑
























幸楽苑は2003年3月にラーメン業界で初めて東証1部に上場した最大手である。しかし、その営業利益率は2.4%と麺チェーン店上場4社の中で最低になっているのは一昨日書いた通り。同社の業績推移を表したのが上図である。

幸楽苑の利益率は2003年から下落している。1店舗当たりの平均売上高は2002年の113百万円をピークに下がり始め、現在では74百万円であり、経営効率が下がっていると考えられる。

2003年から店舗数を急速に増やした幸楽苑は業績が悪化、起死回生を狙い2006年5月に主力の中華そば価格を390円から290円に値下げした。集客力アップと、セントラルキッチンの稼働率向上などで吸収できるとみていたが、原価率の高いラーメンに注文が集中しさらに業績が悪化、当時の社長は半年後に退任した。

小規模経営の店がひしめく飲食業界で、余程の規模の経済が実現できなければ、安易に価格競争に走ってはいけない実証がまた一つ出来たことになる。飲食店業界は元来が「分散型事業」なのである。 


2014年07月31日

丸亀製麺失速?

丸亀製麺


















売上高だけ見ていると好調のような丸亀製麺ですが、前期利益は創業以来初の減益でした。さらに利益率を計算すると、2期前から落ち始めていることが分かります。

丸亀製麺の店舗数は、前期末(3月)で774店。飲食店は、一業態で1000店舗が限度と言われますから(=過疎地を除いた日本の人口1億人を対象に、人口10万人に対し1店舗出来る状態) 、店舗にバリエーションを持たせないとこれからは難しいかもしれません。

一方、同じ飲食業界でも、カフェ形態は引き続き伸びていて、業界トップのスターバックスは同じく前期末(3月)で1034店舗です。今期も約70店出店計画です。面白いのは、丸亀製麺とスターバックスの客単価がほぼ同じ500円であること。

昼食はうどんをサッと10分で食べ、その後スタバでコーヒーを飲んで寛ぐ。昼食は一日に一回しか食べませんが、カフェは外回りの営業マンや、主婦などが一日中利用する。なので、出店余地は食事処より多そうです。 

2014年07月30日

麺チェーン店の規模と収益力

麺チェーン店




















現在準備中の学会投稿用資料から、麺チェーン店の売上高と利益をプロットしてみたものです。丸亀製麺とはなまるは、それぞれ、運営企業であるトリドールと吉野家の有価証券報告書から、当該部門のセグメント売上・利益を取っています。ラーメンチェーン店を営む、4企業については、会社売上と営業利益です。

これを見ると、「売上に比して利益も大きくなる」と言えそうです。営業利益率で約9%。例外は、幸楽苑で、ラーメンチェーン店の中で最大の売上を誇るにもかかわらず、利益が出ていない。この理由を探らないといけない。

しかし、見れば一瞬で済むこんなグラフを作るにも、各社の有価証券報告書を見ながら、1時間くらい掛かってしまうのです。 こんなのを10個くらい作って、そして、一番大事なのは、「それで、何が言いたいか」「それは、世の中の役に立つのか」・・・。

2014年07月13日

THE ANGEL'S SHARE 『天使の分け前』



昨晩は月に一度のFILM NIGHT。詫間のArcanoで美味しいイタリアンを食べながら、地元在住の欧米人と映画を見る。

昨晩のチョイスは、グラスゴーを舞台にしたTHE ANGEL'S SHARE 『天使の分け前』。一緒に見たのは、アイルランド人のGagaとグラスゴー出身のDavidなのでふさわしい。2012カンヌ審査員賞受賞作品(監督:ケン・ローチ)だ。

グラスゴーは産業革命発祥の地で、James Wattはグラスゴー大学に工房を持つ技術者だったし、彼が大学に工房を持つことを助けたのは『国富論』のAdam Smithだ。

これだけの輝かしい歴史を持つグラスゴーだが、近年は、機械や造船などの製造業が衰退し、失業率&犯罪率も高い。映画は観光で訪れるだけではわからないイギリス、特に北イングランドとスコットランドのかっての工業都市の酷い現実を見せてくれる。

麻薬をやりながら犯罪を繰り返す若者ロビーが、恋人の妊娠をきっかけに、再生を誓う。罪の償いで強制された社会奉仕作業の監督ハリーは、それを助け、チャンスを与えてくれる。しかし、周りはそれを許さない。ロビーは「大逆転」を狙って、ある犯罪を犯すのだが、それを肯定的に描くのがイギリスらしい。流石、海賊の子孫だ。 
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