2026年06月25日

国破れてバランスシートあり



39:国破れてバランスシートあり
戦争が終わって軍が戦闘行動を停止しても、バランスシートは放っておくとブレーキが壊れた機関車のように暴走し増え続ける。銃声が止んでも、財政・金融を預かる者たちには「バランスシートの清算」という大仕事が待っていた。まして外地では、連合国軍による接取や職員・その家族の引き揚げという難題を抱えていた。
放っておけば、資産は劣化し(破壊、接収、盗難など)、負債は増え続ける。しかし、日本には国家レベルの敗戦処理経験者はいなかった。
63:徒手空拳の本土決戦準備
日本が本土への上陸・占領を目的とする外国軍隊の攻撃を受けるのは、元寇・弘安の役(1281)以来のこと。
昭和20年に入り、いよいよ硬貨を作る金属まで無くなった。そこで、大蔵省は「陶製硬貨」の発行を準備する。造幣局には製造設備がないので、それらは陶器会社に製造委託された。
83:特に造幣局に最寄りの京都・清水坂にある碍子の老舗、松風工業では高額硬貨を中心に枚数で半分、金額にすると約7割を製造することが計画された。(中略)
それから80年後の2024年10月に、全て粉砕破棄されたと思われていた「幻の陶製硬貨」が、松風工業(昭和42年解散)の工場跡地を引き継いだ関連会社の倉庫から大量に見つかっている。
この松風工業には戦後、鹿児島大学工学部を出た青年が入社する。ファインセラミックスの研究と製造に没頭した青年はのちに独立して「京都セラミックス」を設立。そう、京セラ創業者の稲盛和夫だ。



shikoku88 at 21:47│Comments(0) | 経済

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