2025年11月01日

2種類の悲劇

批評回帰宣言:安吾と漱石、そして江藤淳
先崎彰容
ミネルヴァ書房
2024-08-27


吉本隆明するどい。


15:ドストエフスキー『地下室の手記』「自意識」にさいなまれた人間
ドストエフスキーが描く人間は、きわめて屈折していて、何者にもなれないということは、目の前の社会問題に対し、断定的な結論を下せないということ。

17:批評回帰宣言
批評は、「近代システム」に違和感を持ち、密着することを拒否しながら、それでもなお刻印される時代の証言。するどい感受性は、時代や流行に必ず傷つけられる。

18:ベトナム戦争反対の大衆運動を認めなかった吉本隆明
戦争体験を批評活動の原点にしていた吉本にとって、最も警戒すべきことは、人間が何かを信じ、絶対の正義を握りしめ、他者を糾弾すること。戦前の天皇万歳と、目の前のアメリカ帝国主義反対は、実はおなじもの。

20:柄谷行人『マクベス』評論
悲劇には、ギリシア悲劇と近代西欧の悲劇の二種類がある。(中略)その代表的であるキリスト教悲劇のばあい、劇中の悲惨や不幸などは、最終的にはかならずより大きな善に回収され、ハッピーエンドで終わる。一方のギリシア悲劇本来の姿とは、あらゆる意味付けを拒絶して、究極的な不正と不条理があることをしめす。かくしてキリスト教悲劇の特徴、「それは『意味づけること』の悲劇である。この意味に惹かれるという病は、『近代』からはじまったのではなく、むしろ『近代』を生みだしたのである」

22:加藤典洋『日本という身体』
丸山眞男から柄谷行人まで、日本と言う共同体を閉域だと批判し、そこから外に出ようとする試みはことごとく失敗してきた。
西洋の模範的にみえる人権思想にも「私利私欲」がある。理念的公共心を背後で支えているのは、「私」に対するエゴイスティックな関心。




shikoku88 at 19:08│Comments(0) | 提言

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