2025年12月08日

ハンナ・アーレント『全体主義の起源』

国家の尊厳(新潮新書)
先崎彰容
新潮社
2021-05-17



本blogでも何度か取り上げたことのある、ハンナ・アーレント。彼女は、第一次世界大戦後に出現した「大衆」が、公的な問題に関心を持たないまま投票権を持ち、「民主主義」を解体したという。
194:ハンナ・アーレント『全体主義の起源』
第一次世界大戦は世界の風景を一変。階級社会の崩壊が、共通の利害によって結ばれていた人びとを、バラバラにした。政党、利益団体、地域の自治組織、職業団体などに所属しない個人が、団子状に集団化した状態のことを「大衆」と呼ぶ。
問題は、彼ら大衆が民主主義に決定的な終わりを告げる存在だった点。民主主義のもとでは、一国の住民は公的な問題に積極的な関心を持ち、何らかの政党や団体に所属する存在。だが大衆は、こうした公的問題への関心をまったく抱かない点に特徴がある。
だが実際には、後にヒトラーやスターリンを生み出すような巨大な政治的な力を持っている。政治的関心を持たないにもかかわらず、政治を動かすファクターとして浮上してきたのが大衆。彼らは民主主義の解体とともに、全体主義を生み出していくことになるだろう。
この分析は興味深い。「全体主義」は誰かがクーデターで政権を取って始まったのではなく、「大衆」が選挙で支持して政権に就いた。それは、彼らが「公的な問題に関心をまったく抱かない」からだ。
196:ハンナ・アーレント「大衆の人間類型」
人間は一人でいる際、「孤独」と「孤立」、そして「ロンリネス」という三つの状態に分けられる。第一の「孤独」とは、たとえば漫画家や芸術家の生活、哲学者の思索。自分自身との対話。
他人からの承認を一切得ることができず、余計者扱いされた者を、アーレントは孤立と呼ぶ。それは専制政治下の精神状態。徹底的無力感に打ちのめされながらも、自分の内面の領域、私生活の自由は持つことができていた。
それが最終的に、私生活までも破壊され、一切のきずなを断たれた状態のこと=ロンリネス
テロルや全体主義国家が生まれるのは、こうした荒廃した精神状態の大衆が動員されるから。
「他人からの承認を一切得ることができず、余計者扱いされた者」というのは、米トランプ大統領を支持するMAGAを連想させる。「ディープステート」による陰謀を妄信するところなど、アーレントの指摘通りだ。日本にもその政治土壌がある。
200:非正規雇用がつらいのは、「社会から正当な評価を受けられない」から
アーレントがいうコモン・センスとは、社会で自分はおおよそこのような地位にいて、存在を承認されているという感覚。常識の範囲内に収まってアイデンティティーを承認されているということ。




shikoku88 at 20:50コメント(0) |  | 政治 

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