2025年11月30日
エピローグ
ヴェネツィア共和国の「神話」とは、
147:上昇期にあった時代は、自国の独立への執着が、次いで最盛期には、政治と外交の巧みさが神話であった。そして、18世紀のヴェネツィアは、限りない快楽の都という印象を、同時代の西欧の人々に感じさせたのである。
ということであった。それで、18世紀のヴェネツィアに欧州中から貴族や商人がやってきた。そのヴェネツィア共和国に終焉をもたらしたのは、年上の女と結婚したフランスの英雄であった。
ナポレオンは王政の残る欧州各国を攻め落としていく。ヴェネツィアはもともと共和国であるし、王政の欧州各国とフランス共和国、そのどちらにも組しないと宣言する。陸軍のないヴェネツィアに、ナポレオンと戦って勝つ算段はなかった。162:フランス革命総裁政府の実力者バラースは、愛人のジョセフィーヌと別れたがっていたが、ただ捨てるのは、粋を解する男のやることではない。30を超えている女と別れるのは、代わりを見つけてやってから実行することだと、思っていたのかもしれない。その代わりが、ナポレオンであった。
こうして、ヴェネツィア共和国1200年の歴史は終わる。174:ヴェネツィアの非武装中立フォスカリーニにもヴェネツィア貴族の誇りはあったが、彼の説明する非武装中立は、法を尊重してくれる相手とではなくては成り立たない。フォスカリーニが、法を盾になにを言っても、ナポレオンには無駄であった。
222:エピローグ1797年5月16日一度たりとも武装した外国兵を入れたことのなかったヴェネツィアに上陸したフランス軍は、聖マルコ広場の中央に、「自由、平等、博愛」と記した札を立てることを命じた。その年の10月18日、カンポ・フォルミオの条約によって、ヴェネツィア共和国の領土は、オーストリアとフランスの間で分割され、本土の大部分とギリシアの島々はフランスに、本土の一部とヴェルファイアの町、そしてアドリア海東岸地方は、オーストリア帝国下に入る。翌19日、去るフランス軍に代わって、オーストリア軍進駐。

