2025年10月24日

限界に直面しているリベラリズム



今日は70km走ったのでコメント無しで(汗)


323:限界に直面しているリベラリズム
近代的国家観の基盤である「個人」。
宗教改革を経て「神の下の平等」→王との「社会契約論」→契約ならば契約相手を変えることも是

324:フランシス・フクヤマ「啓蒙主義の物語への挑戦」
近代性のそうした解釈を捨て、現代の科学的知見を取り込み、あらためて人間存在とは何かを整理。世界は遥かに複雑な過程を経て「近代」をつくってきた。
中国では秦の始皇帝の時代、すでに近代国家の核をなす能力主義の官僚制度。
インドやイスラム社会も含めて、さまざまな試み→「法の支配」「民主的説明責任」

326:日本の代表的啓蒙思想家「福沢諭吉」
とってつけたような西洋的な近代化で良しとしたわけではない。だからこそ西郷隆盛を高く評価。

330:フランシス・フクヤマ『政治の衰退』
自由民主主義が内部から崩れていく。行き過ぎたリベラリズムがもたらした弊害。

あとがき:戦前アメリカが一時、世界のトロッキスト運動の中心
第二次世界大戦前の欧州大陸はスターリニズム、ナチズム、ファシズムに覆われてしまい、亡命者トロツキー自身も欧州大陸を離れメキシコに逃避。



shikoku88 at 18:04│Comments(0) | 政治

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