2025年10月08日
マクナマラの誤謬
日本への無差別爆撃の責任者と言えば、カーチス・ルメイが有名(戦後、日本政府から勲一等💦)。その背後に、Harvard MBA(戦前では希だ)のマクナマラの分析があったとは知らなかった。
147:神童ロバート・マクナマラHarvard MBA 卒業後大学に残り、企業分析手法について教鞭。第二次世界大戦勃発で、米軍統計管理局で戦略爆撃の解析および立案に従事。日本の主要都市を廃墟にした戦略爆撃の立役者の一人。戦後、フォードはマクナマラを含む10人の統計管理局の面々を最高経営幹部候補生として採用。マクナマラは大胆なリストラや不採算工場の閉鎖などで実力を発揮、1960年にフォード・モーター社長に就任。
そのマクナマラは、ケネディ大統領の要請で国防長官へ就任する。1965年マクナマラが北ベトナムへの報復爆撃を開始したのは、日本への低空飛行での焼夷弾攻撃同様、冷徹な計算があった。
149:マクナマラの誤謬Ⓐ現実の定量的モデルが常に他のモデルよりも正確であると勝手に思い込むことⒷもっとも簡単に行うことができる定量的測定こそが最も適切だと考えてしまうこと🄫定量的測定基準で使用されているもの以外の要因をなかったことにしたり、大した影響はないと矮小化したりすること
マクナマラは科学的管理の信奉者として、「アメリカ兵の死者数よりも多くの敵兵が死亡している限り、軍は勝利への道を進んでいる」「測定できないものを管理することはできない」とし、死者数以外の定量化できない指標は「戦争の勝敗とは無関係」として考察から除外したという。
実際、北ベトナムの死者数は米軍のそれをはるかに超えており、マクナマラの計算では着実に勝利に向かって歩んでいた。それでもアメリカは戦争に負ける。「測定できないもの」に負けたのだ。
