2025年10月07日
日本の特別な世紀
107:日本は鉄砲の大量生産技術をヨーロッパよりも早くに完成させた(ノエル・エリン『鉄砲を捨てた日本人』)
長篠の戦いは、種子島に鉄砲伝来(1543)から「わずか30年後」だ。なぜそれが可能だったのか?それは、「基礎となる製鉄技術自体が当時のヨーロッパよりも進んでいた」かららしい。
黒船の衝撃で日本は開国に向かった。MITが開校したのは明治元年(1868)。それから5年遅れただけで、本格的な工学教育が開始されている(1873工部省工学寮→東大工学部)。このスピードが植民地化から日本を辛うじて守った。
「地下資源がない」と言われる日本だが、江戸時代から明治にかけて、銅は外貨獲得のための主要な輸出品であった。その時に掘りつくしてしまったのだ。114:アメリカと同じタイミングで本格的な交流送電開始1887東京電灯(渋沢栄一)1892GE設立(J.P.Morgan)
黒船当時すでに組織化された社会基盤があったことも、急速に欧米列強に追いつけた要因。116:江戸時代の一時期(寛文期)、日本の輸出の7割は銅別子、足尾。
大森貝塚の発見で有名なモース博士(帰国後アメリカ科学振興アカデミー会長)は、帰国後こう学会報告している。117:三井越後屋「店前売り」はマーケティングの世界最先端「正札現金掛値なし」値札での同一価格での販売は世界初。
118:「東京の死亡率がボストンより低い」日光街道「我々が通った道路は、ニューイングランドの田舎で見受けるものよりもはるかに良かった」
119:日本には、一種の私有財産権の存在に加え、治安や教育といった基盤となる社会システムが整備されており、工業の基礎技術も存在していたし、銅などの天然資源による初期の資本蓄積も可能な状態
アニマルスピリッツに富んだ多数のアントレプレナーが、欧米技術の急速な模倣と普及を担い、「日本の特別な世紀」を可能とした。
