2025年07月29日
ヴェネツィア共和国の黄金期
アメリカ大統領は流石に教養に基づく歴史認識があると思っていたが、最近はそうでもないようだ。
読者に:現代で歴史を愉快と考える民族はアングロ・サクソン彼らの国では、学者も文章が上手い。作家が読者を啓蒙するのではない。読者が、作家を育てるのである。
19:トルコ海軍博物館(無期閉館)
ヴェネツィアの海軍博物館とはまったく対照的に、実にお粗末な展示。
21:「良識とは、受け身に立たされた側の云々することなのだ。行動の主導権をにぎった側は、常に非良識的に行動するものである」(当時のヴェネツィア外交官の報告書から)
24:ビザンチン帝国の内情
帝国があらゆる面で荒廃していても、ギリシア人はカトリック改宗を迫る西欧人を嫌悪。ギリシア正教を捨ててローマ教会の下につくくらいなら、西欧の援助など欲しくない。
33:ヴェネツィアで自給できるものは、魚と塩しかない
ほかはすべて買わなければ、日常生活でさえも成り立たない。
35:ヴェネツィア共和国は、市長と警察の長以外は、ほぼ完全な自治を許した
「本土」での領地は、ベルガモからフリウリまで広がった。15万余りだったヴェネツィアの人口も、「テッラ・フェルマ」をふくめば、一挙に10倍になった。こうして、海と陸の両方で通商の自由を完全に享受できるようになったヴェネツィア共和国の経済力は、この15世紀前半に最高潮に達したのである。
37:年収が700~4000ドゥカートあるヴェネツィア市民は1000人+
家賃を除けば、年に15~20ドゥカートで、充分に生活することができた。
