2025年07月28日

君主制か共和制か




「君主制か共和制かで分類するよりも、権力者暗殺の陰謀があったかなかったか」のほうが、国家の実態を見るのに有効だという塩野七生。
138:外観は共和制であっても、内実は一個人に権力が集中している共和国が多かった。フィレンツェもシエナもルッカも、共和国とは呼ばれながら、実際は僭主制である時期のほうが長かった。
フィレンツェ共和国の元首でもなかったメディチ家のロレンツォ・イル・マニーフィコ暗殺を策した、パッツィ家の陰謀は有名。一方、ヴェネツィア共和国では、このような事件は一度も起こらず。
フィレンツェもヴェネツィアも、両方とも「共和国」であったが、フィレンツェで幾たびも暗殺が起こったが、ヴェネツィアでは皆無であったという。

139:権力者の暗殺は、彼を殺せばその国の政治の方向を変えられる、と予測できてこそ意味を持つ。ヴェネツィア共和国は、中世、ルネサンス、近世を通じて、国内国外にかぎらず誰にも、そのような可能性の予測さえ許さないような体制をつくりあげていた。

これは、ヴェネツィアでは、仮に元首を暗殺しても、それで国の政治が変わらないだけの国会と官僚組織を擁していたからだという。
187:中世、ルネサンス期を通じて技術的に最高と讃えられたヴェネツィアの外交
外交や航海術や商いのやり方を実地に学ぶとともに、彼らに、諸外国の情勢を、冷静に眺め分析し、統合する能力を学ばせる。
商人の子は、14,5歳になると親について諸外国に滞在しながら言葉と商いのやり方を学ぶ。在外商館では、外交官とも一緒になり、外交も学ぶ。
191:フィレンツェの政庁は、まるで要塞
ヴェネツィアの政庁は、防御を目的として作られていない。自国民から防御する必要のなかったヴェネツィアの幸運。
確かに、フィレンツェの建物は、政庁に限らず、一階は窓が少なく、その少ない窓には鉄格子が備えられている。これに対して、ヴェネツィア政庁は、あっけぴろげ。セキュリティ対策などまるで考えられておらず、政情が安定していたことがうかがえる。



shikoku88 at 22:09│Comments(0) | 政治

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