2025年01月29日
第一のグローバル化
第2章は、「第一のグローバル化」。16~17世紀には奴隷貿易が盛んになったが、その影響を受けたのはまずはアフリカで拉致されて奴隷として売られた黒人たち、その貿易で大儲けした奴隷商人(アフリカで奴隷商人と組んで同胞を拉致していたアフリカ人も多い)、それにその奴隷を買って労働力としていたプランテーション・オーナーである。一般人には「グローバル化」はまだ関係なかった。
18世紀になり、リカードが貿易の大原理となる「比較優位説」を発見する。各国は自国の特異なモノの生産に特化し、それを輸出することで、後は他国から買った方が両方が豊かになるという国際貿易の原則だ。そして、それを実現させたのは、産業革命であった。17:グローバル化への道を開いた思想家デヴィッド・リカードセファルディ系ユダヤ人の家に生まれた。ポルトガル出身の父の家系は、16世紀初頭の異端審問を逃れてイタリアに渡り、1662年頃、当時急成長しつつあった金融センターのアムステルダムに移った。父エイブラハム・リカードは1760年にアムステルダムからロンドンに移住し、アビゲイル・デルヴィアッレと結婚した。(中略)1772年、少なくとも17人いた子どもの3番目としてデヴィッドが生まれる頃には、エイブラハムは市民権を取り、株や債券の売買で財を成していた。
23:グローバル化を実現させた蒸気船を設計した英国人技師イザムバード・ブルネル
600tの貨物を積んだグレートウェスタン号が1838年に大西洋を横断。外輪をスクリュープロペラに変え、木造を鋼鉄製に変えた改良型の蒸気船によって航行速度は向上。
25:蒸気船と電信という二つの技術が長距離貿易に革命
1860年代にはギリシャ出身のヴァリアーノ兄弟をはじめとする起業家たちが、ロシアの黒海沿岸、コンスタンティノープル、マルセイユ、北西ヨーロッパ、ロンドンなどを結び、年間何十万トンもの穀物や石炭の購入・売却・移動を仲介するようになった。
27:金本位制→為替レートの安定→国際金融の発展
米国の鉄道建設が最高潮を迎えた1880年代、鉄道に投下された資金の2/5はヨーロッパからの資金。1913年になると英国の富の1/3が外国に投資され、アルゼンチンの全事業資金の半分が外国人所有。
28:大規模な移民の波
1914年までの数十年で、推定2900万人のインド人がフィジー、ガイアナ、ケニアなどの多様な土地に移民し、中国南部からは推定2000万人がビルマ、シンガポール、オランダ領東インド、インドシナなどへ移住した。(中略)20世紀初頭はそれ以前のどの時代をも上回る、年間300万人以上が国境を越えて移動していた。
31:世界全体のGNPに占める輸出入の割合(試算)
1815 <3% (ナポレオン戦争後の平和)
1913 8~12%
