2024年09月30日
まきがくる
1975年、弘前大学医学部附属病院に41歳の女性が家族に付き添われてやってくる。リンゴ農家の嫁である陽子は、40歳になった時、農作業がうまくできなくなっており、整理整頓も次第にできなくなっていた。
一族のものは、「まきがきた」とささやき合ったという。その一族では、40代、50代になるとそうなるものが多かった。津軽のその地方では、家族性の病気のことを「まき」と呼んでいた。陽子の母親も50代で発症、兄や姉も同様だった。
家族はやがて陽子を家で見ていることが難しくなり、入院する。45歳で、他の患者との交流が見られなくなり、病院内で徘徊を始める。48歳でほとんど言葉を発することができなくなる。50歳で寝たきりに。54歳で、夫や娘たちが呼びかけても、反応が無くなる。55歳で口から食べれなくなり、胃ろうをつくる。
1993年に62歳で亡くなったあと、陽子の脳は弘前大学で解剖される。大脳を見た執刀医は息を吞んだという。それは「霧ヶ峰のように尖った紙のような脳」で、くるみのように縮み、脳溝がすかすかに広がっていたという。脳重量は680gしかなく、これは成人女性の平均1350gの約半分だ。
1906アロイス・アルツハイマー@南西ドイツ精神医学会で発表
2021年、全世界で5000万人の患者。
14:1970年代まで「ぼけ」という老化に伴う自然現象
1960日本平均寿命 男性65、女性70
アルツハイマーを発症する前に多くの人は他の要因で亡くなっていた。
