2024年09月21日
他者との関係性を紡ぎ直す
著者の後書きともいえる、特別章「他者との関係性を紡ぎ直すには」。
157:人は「いかなるふるまいもすべし」「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(『歎異抄』第13章)
人間は、業や縁というものによって動かされているのだから、どういう業や縁がやってくるかによっては、どんな行いをするか分からない。それが人間というものだ。
「私」とは確固たる存在ではなく、さまざまな可能性に開かれている。また同時に、何かのきっかけで悪行に手を染めてしまうかもしれない存在。
一見、「積極的自由」の方がよく見える。しかし、これは国家の介入を正当化し、共産国家での激しい粛清をもたらした。162:「消極的自由」と「積極的自由」(英哲学者アイザィア・バーリン)消極的自由=古典的リベラリズムが唱えた「〜からの自由」積極的自由=ニューリベラリズムの主張した、誰もが自由を手にするためには国家が介入して条件を整えて行かなくてはならないとする考え方
20世紀は積極的自由が猛威を振るった=共産主義の暴走国家が経済行為だけではなく思想信条にも介入→激しい粛清
