2024年06月24日

冒険と学問のマンダラへ





幼い頃から和歌山の森と図鑑に遊び、アメリカでの学生生活やキューバでの冒険旅行後に渡英。大英博物館に通いつめ、帰国後は粘菌などの研究や、故郷の森の保護運動で知られる南方熊楠。

和歌山と言われると、今では田舎のイメージだが、「江戸時代には全国で8番目の大都市」というのに驚き。徳川御三家と言えば、水戸に尾張に紀州。親藩の中でも最高位とされる大藩を置いたのだから、それだけ地政学的にも重要だったことがうかがえる。「徳川」の姓と「三つ葉葵」の家紋使用を許されたのは御三家だけだ。

江戸時代の経済の中心は大坂で、政治の中心は江戸。その二カ所をつなぐ物流を担うのは船であり、紀州はその要衝にあった。さらに、現在でも使われるたまり醬油は紀州発祥で、それが、黒潮に乗って房総半島にまで漁に出ていた紀州の漁民によって銚子に伝わる。大消費地である江戸に川を下るだけで醤油を運べる野田にやがて生産の中心は移っていく。

2:神童クマグス
慶応3年(1867)生まれ。紀州藩の和歌山城下の金物屋。明治維新の前年。
江戸時代には全国で8番目の大都市だった和歌山城下。

7:東洋と西洋の異なる二つのものの考え方
青年期までは漢詩や俳句に親しんでいたものの、大学では英文学を専攻せざるを得ず、東洋と西洋の考え方のちがいに悩み続けた夏目漱石(熊楠さんと同い年で、東京大学予備門では同級生)。

13:図鑑に夢中
幼少の頃のおびただしい量の細字による写本。驚くべき読解力と記憶力。

21:『和漢三才図会』を数え13歳から2年以上かけて筆写
1893Nature投稿論文に引用。


Change Alley


shikoku88 at 19:06コメント(0) | 教育 

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