2024年06月10日

米軍侵攻で内戦化したイラク

イラク水滸伝 (文春e-book)
高野 秀行
文藝春秋
2023-07-26



72:小林登志子『古代メソポタミア全史』
かつてメソポタミア南部(だいたいイラク南部)を「バビロニア」と呼び、さらにその中でニップル市(現在のヌファル)を境に北部を「アッカド」、南部を「シュメール」と呼んだ。(中略)そしてシュメールは「ペルシア湾に近い低湿地」=アフワール
その末裔であるイラクに2003年イラク戦争が起こる。2001年9.11で米独立後、初めて米本土が外国からの攻撃に合う。激震が走った米国は執拗な犯人探しを始める。しかし、犯行声明を出したアルカイダはゲリラ組織でしっぽがつかみにくい。その時、「報復の相手」になったのがもともと反米的だったイラク。フセイン政権は大量破壊兵器も持っていなければアルカイダとも無関係だったが、復讐に燃えていた米国民は米政府に「報復」を求めていた。

米軍侵攻前はシーアかスンニーかという意識はなかったという。それが、2003年のイラク戦争で全てが変わる。それまで政権中枢に居たのは首都バグダッドのあるイラク北部に多いスンニー派。米軍統治の下、普通選挙が実施され、数的に多いシーア派が政治的に優位になる。スンニーの人々は恐怖し、武力でシーア派を押さえようとする。こうして、イラクは内戦状態に突入。そして、米軍は撤退する。

民主主義がいつもどの国にとってもいいのではないという見本をまた米国は作った。




shikoku88 at 19:27コメント(0) | 政治 

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