2024年06月14日

リクルートという装置

iモード以前
松永 真理
岩波書店
2002-07-04



「iモード生みの親」松永真理が、『iモード事件』の次に書いた本。「iモード以前」ということは、大学卒業後20年間勤めたリクルートということになる。

1977年に明治大学(仏文)を卒業した松永。当時は、就職氷河期であったらしい。第一次石油危機と第二次石油危機の間だから、そうなのだろう。そして、「20歳まで、のほほんと生きてきた」松永は、人生初めての挫折を味わう。手当たり次第に就職試験を受けるが、次から次へと落ちるのだ。

ある銀行の面接では、「あなたは銀行には向いてないと思う」と言われたという。その時はショックだったらしいが、その後のリクルートでの活躍を考えれば、面接官は慧眼であったというべきだろう。松永が当時の銀行で輝くことはなかった。
16:2000人の受験者から大卒女子は7人しか採用されない
1977リクルート創業17年目 社員数699人 売上100億円
やっとの思いで入社したリクルートだが、希望の配属とは違って、2日目で辞めたくなる。文学部を出た松永は出版部を希望していたが、配属されたのは媒体部だったらしい。ところが、「私以上に腐りかけていた」同期が居た。
32:関一郎
早稲田政経。新聞社志望→クリエイター試験で入社⇔営業部配属
6月に初受注した時、新人では最後から2番目。
スロースタートであった関一郎だが、1年を終えたときにはなんと全社トップ!それは、営業が、実はクリエイティブな仕事だと気づかせてくれた顧客(錠前屋)との出会いだった。関は優秀な技術者に来てもらえるような会社になるよう、全社を巻き込んでいく。

それ以降、席はトップ営業マンとして名前を轟かせ、社内の営業企画の論文審査でも連続表象される。38歳で役員となり、本書が書かれた当時は常務取締役であった。


shikoku88 at 21:28│Comments(0) | 仕事

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