2024年06月03日

コペンハーゲン焼き討ち事件




今年の3月に初めてデンマークを訪問した。その時、コペンハーゲン市歴史博物館で見た展示が正に「コペンハーゲン焼き討ち事件」。

19世紀の初頭、ナポレオン戦争下の欧州で、デンマーク王国は中立を宣言していた。イギリスは、北海とバルチック海の海峡に位置し、強力な海軍を擁するデンマークがフランス軍の手に落ちるのを恐れ、デンマークに海軍と軍需品を引き渡すように要求した。「戦争が終わったら利息を付けて返すから」というのだ。

デンマークは独立国に対して「そんなバカな話はない」と、これを拒否。そこで、イギリス海軍はコペンハーゲンを包囲し、市街地を砲撃する。このため、コペンハーゲン市街の3/4が焼け落ちたという。その間に、イギリス海軍はデンマーク海軍の軍艦と軍需品をかっさらってイギリスに持ち帰った。

この事件を知った欧州各国は「国際法違反である」とイギリスを責めたが、イギリスはこれは「緊急避難」であると釈明。最後まで非を認めることはなかった。歴史研究者によれば、イギリスには、こうした「必要は法に優先する」という(自分勝手な)伝統があり、第二次世界大戦中にもドイツの手に渡るのを恐れたフランス艦隊を先に攻撃して沈めてしまった(動画👇)。

ちなみに、歴史博物館の解説では、この首都焼き討ち事件はデンマークのトラウマになったようで、それまでデンマーク領であったノルウェーは一瞬の独立を経てスウェーデンに併合される。以後、デンマークは欧州政治の中心舞台からは消えることになる。
373:中立論
中立ぐらい力がいるものはなく、力がなければ中立はできない。ところが中立というのは、骨を折らないで力が無くてもいいのではないかと、考え違いしているのではないか。政治家でも、言論社会でも、中立を論ずる人は抽象的な議論はやめて、歴史の上からこういう実例を調べてみて、中立というものの可能性、実効性、結果論を論ずるのが本当。

344:ナポレオンの文才
ナポレオンは文才があって、学者としても、文才の上でも最高峰の人であった。ナポレオンの出した檄文というものは非常な名文であって有名。(中略)だがナポレオンがシーザーに比べていちばん劣るところは、比重の問題がナポレオンに欠けている。それから可能性という人間の能力の限界を知ること、つまり、こいつは無理なことだという可能の枠がナポレオンにはよく見えない。(中略)そしてこれが欠けていては、世界的大外交家、大政治家にはなれない(フィオッシュ元帥)。

371:イギリス海軍のデンマーク海軍押収
ナポレオンがうろうろしているうちにデンマークに押し寄せ、デンマークの海軍をひったくって、そしてイギリスの海軍で網つけて引っ張るように、また陸上にある軍需品はみなイギリスの軍艦に積み込んでさっさと引き揚げて来て、戦争が済み、フランスとイギリスが平和になってならば、利息をつけてそっくり艦隊を返すから、それまで預かると、こういうのです。こういう乱暴なやり方は、世界の歴史にはありません。

372:イギリス海軍のこういう場合の早い行動は、本当に敬意を表する。また他人が何と言おうと、人の評判などどうでもいい。それは後から何とでも言い訳するのだということ。





shikoku88 at 18:54│Comments(0) | 政治

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