2024年02月18日

「洞爺丸」事件



明治憲法の下で実施された「海員審判制度」は、基本的に、審判の上、関与した船員に行政罰を加えるものであった。つまり、船員の誤った判断や行動を罰するためのもので、システマチックな事故調査に繋がらなかった。

森清は「海難審判制度の基本問題」として、関与した船員に行政罰を加える現行の「海員審判制度」から、事故調査に絞った「海難審判」への転換を提言している。
96:1930日本の海難発生は世界第2位。
総トン数100t以上の汽船等で74隻116ktを喪失=総日本船籍船の1.5%
戦後は、新憲法のもと、1947年に「海難審判法」が施行された。準司法的な手続きであり、戦前の海員懲戒主義が残っていた。これは2008年に海難調査主義に改正されるまで続いた。
322:海難審判制度
新憲法の下で取り消し訴訟を通じて、意図せずに最高裁判所を頂点とする法的手続きに取り込まれてしまった→パーソンモデル強化
1954年9月26日、青函連絡船「洞爺丸」事件が起こる。台風15号に遭遇して座礁、その後転覆・沈没し、船長を含む乗員乗客1155人が死亡という、戦争を別にすれば、日本で最大の海難事故である。
160:「洞爺丸」事件の裁決⇔「タイタニック号」の事故調査
「タイタニック号」のスミス船長の過失認定せず。
「洞爺丸」工学的分析や背後要因に対する分析が不十分で、船長の過失が中心テーマ。
海難審判制度では、船長(死亡)の過失が中心テーマで、事故の教訓が、国の規則の改正に結びつかず、国際的に知見が共有されることもなかった。これは、世界でいちばん有名な海難事故「タイタニック号」の事故調査で、スミス船長の過失を認定しなかったことと対照的である。
321:米NTSB
現在の事故調査の範型。




shikoku88 at 18:15コメント(0) |  | 旅行 

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