2023年09月29日

堀栄三『大本営参謀の情報戦記』

戦術の名著を読む (祥伝社新書)
木元寛明
祥伝社
2022-03-15


日本にもこんな情報参謀がいたとは知らなかった。日本軍に人材がいなかったわけではないが、作戦部は「作戦第一、情報軽視」で、自分たちの「都合」を優先した。

168:堀栄三『大本営参謀の情報戦記』
昭和18年(1943)大本営陸軍参謀として市ヶ谷台の大本営陸軍部第2部(情報部)配属。
日本人の情報感覚に警告を発する。
第6課が米英の担当課となったのは開戦半年後の昭和17年4月。それまで誰も米軍の戦法を研究していなかった。

177:作戦部の敵に対する情報要求の希薄さ
情報活動はトップの情報要求から始まるが、旧陸軍(特に参謀本部の中枢である作戦課)では、この意識がなかった。

178:「台湾沖航空戦」の怪
連合艦隊は攻撃実施部隊の報告を単に中継し、大本営海軍部は連合艦隊の報告をそのまま信じた。情報活動に不可欠の分析・評価が全く無視されている。
→台湾沖航空戦の大勝利を前提として、天王山と称するレイテ島決戦開始。

181:1946米軍「日本陸海軍の情報部について」調査書
・軍部の指導者は、ドイツが勝つと断定し、連合国の生産力、士気、弱点に関する見積を不当に過小評価してしまった(国力評価の誤り)
・不運な戦況、特に航空偵察の失敗は、最も確度の高い大量の情報を逃がす結果となった(制空権の喪失)
・陸海軍間の円滑な連絡が欠けて、せっかく情報を入手しても、それを役立てることができなかった(組織の不統一)
・情報関係のポストに人材を得なかった。このことは、情報に含まれている重大な背後事情を見抜く力の不足となって現れ、情報任務が日本軍では第二次的任務に過ぎない結果となって現われた(作戦第一、情報軽視)
・日本軍の精神主義が情報活動を阻害する作用をした。軍の立案者たちは、いずれも神がかり的な日本不滅論を繰り返し声明し、戦争を効果的に行うために最も必要な諸準備を蔑ろにして、ただ攻撃あるのみを過大に強調した。その結果彼らは敵に関する情報に盲目になってしまった(精神主義の誇張)




shikoku88 at 18:18コメント(0) |  | 政治 

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