2023年08月19日

迷走科学の顛末

常温核融合スキャンダル―迷走科学の顛末
ガリー・A. トーブス
朝日新聞
1993-12T



1989年に突如起こった常温核融合の嵐は、3月16日ユタ大学の発表が発端だった。
プロローグ:1989年3月16日ユタ大学
チェイス・ピーターソン学長は、常温核融合研究の対外発表を決断。
核融合の確かな証拠は何もなくて、そういう核反応もありうるかもしれない、ひょっとすると実験で見たのはこれかもしれない、といったあやふやな話。
本来、発表するような段階ではなく、確かな証拠は何もなかった。なのに、学長自らなぜ大々的に発表したのか実は、この時ユタ大学は補助金申請の大事な時期なのに、研究成果が乏しくて困っていた。それが、このフライングに繋がった。

12:3月23日
「合衆国はここ数十年で、核融合の研究に80億ドル(1兆円以上)をつぎこんだ。核融合こそ人類を救うエネルギー源になる。そもそも太陽や星が光るのも核融合のおかげで、これを意のままに操れば無限のエネルギーが生み出せる」

15:ポンズとフライシュマン
「2,3年のうちには、常温核融合が発電に使えるようになるだろう。燃料になる重水は海水にたっぷり含まれ、数百万年は心配ない。科学技術がついに世界を救った」・・・そう言っているのと同じ。

16:科学の逸話
翌朝までに常温核融合は全世界のトップニュースになり、この状況がその後数ヶ月続く。以後わずか1年のうちに実験を確かめようとして世界中の研究者が使った研究費を合わせると、ほぼ1億ドルになる。(中略)記者会見のあとどこかの時点で、ポンズやフライシュマンも、あるいはピーターソンやブロフィーも、ひょっとして常温核融合は幻にすぎないのではと思ったはずなのだが、誰ひとり口に出しはしなかった。




shikoku88 at 17:49コメント(0) |  | 教育 

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