2023年08月12日
夏の外務省
78:二宮尊徳
1842(天保13)時の老中水野忠邦によって幕臣に取り立てられる(56歳)。
金次郎→尊徳
幕臣となった尊徳が生涯の最後に取り組んだのが、日光東照宮の所領「日光神領」の復興。しかし、その道半ばの70歳で尊徳は没する。明治維新の12年前。日光神領復興の事業は、長男の弥太郎に引き継がれ、また尊徳の教えも「報徳思想」として多くの門人たちによって引き継がれた。
126:明治期の日光観光
1890年前後になると、蚊のいない、夏の涼しい気候を求めて、奥日光で外国人による別荘の建設が始まった。最盛期には、大使館や外交官の別荘が、中禅寺湖畔に40棟以上建てられていた。その名残が見られるのが、中禅寺湖畔西6番地。かつて、トーマス・グラバーの別荘が建っていたところで、今では、暖炉のみが残っている。グラバーは、故郷・スコットランドでのトラウト・フィッシング(マス釣り)の風景に思いを重ねて、私財を投じ、湯川にマスを放流した。
水上飛行機が飛んだり、外国人滞在者によるヨットレースが開催されたりするなど、当時の奥日光は夏季の一大社交場となり、いつしか、「夏の外務省」といわれるようになった。山(男体山)と湖(中禅寺湖)の美しい風景と、夏の涼しい気候に、静謐な湖面に沈む夕日の美しさが加わり、中禅寺湖東湖畔は北西ヨーロッパの人々にとって、母国の風景に似た「ロクス・アモエヌス」として、villa(別荘)を建てるのに珠玉の場所であった。
