2023年01月28日
こころの原風景
1991年に単行本出版。当時の著名人10人にユング派心理学者の河合隼雄が各人の子供時代についてインタビューする。
子どもが死にたいと思うとき、嘘をつくとき、学校へ行きたくないとき、自分の世界に閉じこもるとき、思想に目覚めるとき―など、心の専門家と、各界を代表する10人との対話から浮かびあがる、人間の心の影、そして心の成長。誰もが弱さ、迷い、悩みをのりこえて、だんだん自分になっていく。(本の紹介から)
河合隼雄曰く、子ども時代は今で言う「問題児」だった10人(まえがき)。今よりはるかに困難な時代で、複雑な家庭環境で育った人も多く、そんな中でそれぞれが悩み、傷つきながらも成長していく。
どうしようもないとき、登場する人たちは誰かに助けられている。それは、学校の先生であったり、勤労動員先の兵隊であったりするのだが、他人は「期待するほどは見てくれていないが、失望するほど見てくれていないこともない」ような気がする。
どうしようもないとき、登場する人たちは誰かに助けられている。それは、学校の先生であったり、勤労動員先の兵隊であったりするのだが、他人は「期待するほどは見てくれていないが、失望するほど見てくれていないこともない」ような気がする。
家が貧しくて、「小さいときは両親と暮らしてない」という武満徹(作曲家)は、東京の伯母の家に預けられる。勤労動員に行っているところで、「体の中に全部の音がしみ込んでくる」という体験をして、戦後、音楽の道へ行くことを決める。それは、見習士官の学徒出陣の兵隊が、内緒でシャンソンなんかのレコードを聴かせてくれた時だった。
食うものにもこと欠く戦後、街を歩いてピアノの音が聞こえてくると、その度に「5分でいいですからピアノに触らせていただけないでしょうか」と玄関に立ったという。驚いたのが、それで「一度も断られたことがない」ということ。大抵は5分と言わず、30分、1時間と弾かせてくれ、お茶を出してくれることもあった。その間、家では紙に書いた鍵盤で練習していた。
そうして、苦労して音楽界にデビューした後、突然ピアノが下宿に運ばれてくる。それは、面識のない黛敏郎から送られてきたものだった。どこかでピアノもないのに作曲している武満徹の噂を聞いた黛が、「2台あるから使ってくれ」と送ってきたのだ。
黛に会いに行った武満は、ありがたくこのピアノを借りることにする。後に、買い取ったそうだ。
32:「田舎で蜂蜜を飼って女と一緒に暮らせ」(鶴見俊輔の父)
中学時代、母との確執から自殺を図った時。
41:母方の祖父も淫乱(鶴見俊輔)
「私と同年の息子がいた」
141:最近の日本の伝統的な音楽をやっている人たちの音感の悪さは目に余る
いちばん肝心な音に対しての、音楽家としての音感とか、日本の音楽がもともと持っている音感というものが、ものの見事になくなってきている。
