2023年04月01日
ヴィクトリア時代
牧師の長女として1831年ヨークシャーに生まれたイザベラ・バード。身長151cmであったというから、当時としても小柄で、虚弱体質。成人してからも、体調不良で昼頃になるまで起きることができない有様だったという。
従って、遠出などままらなかったが、30代後半にして、海外旅行に出かけたのは「医師の勧め」。普通、そのような状態で、しかも、当時の平均寿命からいえば、もう人生の終盤に差し掛かっている女性にそんな勧めを医者がするのか
と思う。しかし、当時はヴィクトリア時代。イギリスの高度成長期であり、大英帝国の絶頂期であった。時代の雰囲気であったのかも知れない。
210:マレー半島
彼女たちが恐ろしい様相に見えるのは、話すときに口の端から真っ赤な滴りが流れ落ちるからで、まるで口の中が血であふれているように見える。これは彼女たちがビンロウの種子を常時噛んでいる習慣があるからで、中国人がアヘンを喫し、スコットランド人がウィスキーを飲むようなもので、この種子は刺激的でささやかな贅沢、かつ必要不可欠なものなのである。
248:父エドワード
カルカッタで弁護士をしていたのだが(中略)、妻子をコレラで失ったのをきっかけにイギリスに戻って牧師になり、牧師の娘であるドーラ・ローソンと再婚した。
250:突出した知性と洞察力
それにふさわしいと思われる早期教育を実施。幼児向けの絵本の類を読むことを一切禁じ、幼児言葉を使うことも許さなかった。
264:父親の死
牧師館にいられなくなったバード一家は、1860年になるとエディンバラのキャッスルテラスに移り住むことになった。そこはつつましやかな牧師の未亡人と繊細な2人の未婚の娘が住むのにふさわしい、質素できちんと整備された厳格な住居であった。
275:医師の勧め「旅へ行きなさい」
自分の真の幸せとやりがいを、魅惑的なサンドウィッチ諸島と危険なロッキー山脈の旅に見出したのである。驚くべきことに、1870年の夏には支えなしには枕から頭も上げられなかった虚弱な女性が、3年後には「太平洋のマッターホルン」と呼ばれたマウナ・ロアの登攀に成功し、さらにロッキー山脈では馬を駆って野生の牛を追い回すまでになるのである。

