2023年03月26日
金谷カッテージ・イン
日本を代表するクラッシック・ホテルの一つである金谷ホテル。日光東照宮の雅楽師であった金谷善一郎が当地を訪れたヘボン博士を自宅に泊めたことがきっかけで外国人相手の民泊を始める。今後、日光を訪れる外国人が増えるはずだから、外国人相手の宿泊業をやるといいと勧められたのだ。
金谷は自宅を改造して「金谷カテッジイン」とした。そこに泊まったのが日本各地を旅行していたイザベラ。イザベラの旅行記を読むと、それから150年経っても、日本人としての気質はそう変わっていない気がする。特に、イザベラが通訳として雇った伊藤に対しての感想が面白い。
156:イザベラが日本にやって来たのは最初の鉄道が敷設され、銀行、新聞、郵便局、工場などができつつあった頃である。農民は子供たちに西洋の知識を身につけさせるために、新しく増築された学校に送り出し、水田の上をはしっている電線を通って伝えられているメッセージが見えないものかと、時々目を上げて眺めていた。
157:日本はすでに世界各地を旅行する人の旅程に組み込まれていた
日本の評判はエキゾチックであり安全であり、ロマンチックでありながら野蛮な危険はなく、美しいがそうかといって近づきがたいほど畏敬の念を起こさせるものではなく、そこに住んでいる人々は清潔で礼儀正しいというものだった。
158:日本領事館ハリー・パークス公使
「若作りで中年に入ったばかり、体形はやせ型、行動的で知的、青い瞳を持ち、明るい髪と微笑み、温和な雰囲気を漂わせた完全無欠なイギリス人」
163:日光金谷カッテージ・イン
ほっそりとした白い花瓶にアザレアの花が一輪差してあり、繊細な装飾で飾られた茶だんす、黄土色の生地の上に霞がかかったような風景が描かれている掛軸〜この部屋はあまりに素晴らしいので「インクをこぼしたり、布団にへこみをつけたり、障子を破ってしまうのではないか」とイザベラはいつも心配になるほどであった。
167:煙草はポルトガル人によって16世紀に日本に持ち込まれたものだが、今ではほとんどの男女がパイプで煙草をたしなんでいる。大抵の医者はイザベラに煙草の効用をしきりに言い建てる。
168:人力車「二つの車輪がついている乳母車」
伝統的な日本のイメージによく出てくるものだが、これが発明されたのは約8年前に過ぎない。
173:通訳として雇われた伊藤
彼は頭が切れて自惚れの強い、がにまたの若者で、砂糖菓子と茶屋の娘が大好きな男。
「私たちの感覚によれば、道徳的感覚が全く欠如している」
彼は熱烈な愛国主義者で、心のなかでは西洋人を忌み嫌っている。
181:アイヌ人
強情で騒々しく、好奇心の強い日本人から離れていると、日本人よりも穏やかで天真爛漫な彼らといる方が心が平穏だった。
183:浄土真宗の高僧である赤松師
彼は理知的で深い教養を持った精力的な人物で、英語を自由に使いこなし、明るく鋭いユーモア心のある瞳をしていた。(中略)彼らはどちらも「神なき実利主義」が国内に蔓延していることを憂え、見境なく普及していく西洋科学思想の教えが仏教徒やキリスト教信者の信心を蝕んでいるのを嘆き悲しんでいた。

