2022年10月09日
事故専務
最後の2作も昭和34年の初版。『事故専務』は、交通事故のときだけタクシー会社の重役の身代わりで見舞いや弔問にゆく五十男の悲しみを描いている。「神風タクシー」は死語だが、ソウルオリンピック後のソウルのタクシーも怖いくらい飛ばしていたので(しかも、韓国のタクシーは乗り合い可なので、途中で他の客を拾う)、経済の勢いがあるときは人の気が急いてそういうものなのかもしれない。
当時のタクシー会社はめちゃくちゃ儲かったらしい。車は貴重品だったから、一般人は持っていない。東京の人口は戦前を回復し急増していたが、公共交通機関の整備は追いつかない。タクシー会社は売上の1日分くらいの歩合を運転手に渡せば、後は会社のものになったというから笑いが止まらない。
どんな業種にも成長期があり、やがて成熟期が訪れ、衰退期に入る。世が移り変わるのが自然だから、それを政策で止めるのは無理がある。ところが、既存産業は雇用者数も多く、政治力があるのが難しいところ。有権者はしっかり見張る必要がある。
事故専務
292:神風タクシー
200台以上も車があり、若い運転手が多くて、神風タクシーのトップ・クラスと目されているAタクシーともなると、事故直後の見舞・弔問の他に、係争中の訴訟への立会い、保険会社との折衝など、事故専門のニセ重役として結構、仕事があった。
プロペラ機・着陸待て
306:昭和28年
日本の飛行機の飛行半径は、西は宮崎まで、それから先は飛行許可は与えられず、着陸・給油・誘導など一切の飛行の便宜はない。
334:ジェット機の隙の無さ
プロペラ機には人間の匂いが色濃く残っている。ところがジェット機にはそれがない。
343:この人の考え方は、兎の糞だ。諦めよく、しめりがなく、前へ前へと弾んで。



