2022年07月24日
すかいらーく
レオーネ(ロイヤル)のライバルとして登場するのがサンセット。こちらはすかいらーくがモデル。
倉原が一流好みで、最初出した店が高級フレンチ。常に背伸びして、お金がないときでも身なりだけはキチンとしている。成功してからは、運転手付きの社用ベンツに、自家用車はポルシェ。そうしたDNAがあるのか、同じファミレスでもロイヤルホストの方が高級感がある。なにしろRoyalだ。
対して、サンセット(すかいらーく)は貧しい農家出身の沢(横川)兄弟が創業。年商100億を超えてからも、社用車は持たず、電車で通勤。倉原がメニューの最終チェックを必ず自分で行い、毎日の試食で何度も食べ過ぎで大手術をしたのに対し、沢兄弟は「味が分からないから」と社員に任せていた。
ロイヤルもすかいらーくも上場し、さらに、バブル崩壊後のファミレス不景気を経て、それぞれ創業家の手を離れている。ロイヤルは祖業の機内食、ファミレス、運営受託で安定した経営だったが、コロナで全てが赤字に。航空機事業に強い双日と資本業務提携した。すかいらーくはPEファンドによる非上場化を経て、2014年に再上場している。
倉原が一流好みで、最初出した店が高級フレンチ。常に背伸びして、お金がないときでも身なりだけはキチンとしている。成功してからは、運転手付きの社用ベンツに、自家用車はポルシェ。そうしたDNAがあるのか、同じファミレスでもロイヤルホストの方が高級感がある。なにしろRoyalだ。
対して、サンセット(すかいらーく)は貧しい農家出身の沢(横川)兄弟が創業。年商100億を超えてからも、社用車は持たず、電車で通勤。倉原がメニューの最終チェックを必ず自分で行い、毎日の試食で何度も食べ過ぎで大手術をしたのに対し、沢兄弟は「味が分からないから」と社員に任せていた。
ロイヤルもすかいらーくも上場し、さらに、バブル崩壊後のファミレス不景気を経て、それぞれ創業家の手を離れている。ロイヤルは祖業の機内食、ファミレス、運営受託で安定した経営だったが、コロナで全てが赤字に。航空機事業に強い双日と資本業務提携した。すかいらーくはPEファンドによる非上場化を経て、2014年に再上場している。
119:サンセットの沢修、レオーネの倉原礼一の二人が、それぞれはじめてアメリカを訪れたのは、偶然にも、昭和43年、同じ年のことであった。
140:万博アメリカ館
ハワード・ジョンソンが手を引いたのもわかる気がするし、レオーネに話が持ち込まれるまでに、日本の大手の外食企業のいくつかが打診されても受けなかった形跡があった。要するに、いわくつきの出店話なのである。
205:マルク堂(イトーヨーカ堂)
レストラン・チェーンのマギーを発足させるに当たっても、一々、自社で開発したりせず、ロイヤリティを払って、アメリカのレストラン会社と提携し、一気に展開している。
208:「社長は、鼠をねらう猫だ。とらえてしまうと、興味がなくなる」(235)
欲しいと思った人間に、倉原は夢中になる。子供のように、手に入れるまでは、その場から動かなくなる。何度でも足を運び、待遇もできるだけのことをした。赤坂の一流レストランから料理長を迎えるときには、役員にするとともに、社長である自分より高い給与を出した。
欲しいと思った人間に、倉原は夢中になる。子供のように、手に入れるまでは、その場から動かなくなる。何度でも足を運び、待遇もできるだけのことをした。赤坂の一流レストランから料理長を迎えるときには、役員にするとともに、社長である自分より高い給与を出した。
だが、いったん迎えてしまうと、倉原の熱は、急速にさめた。とまどいもあるのだろうが、たいていの人材が、倉原の期待したほどの力を発揮してくれない。
232:サンセットでは、昭和52年に大学新卒者だけでも120人を採用、53年にも、同様80人を加えた。この他、臨機、中途採用を行った。
そして、新卒者・中途採用者とも、直ちに各店にはりつけた。ビデオによる学習の他は、働きながらの訓練である。その日から戦力とした。
246:昭和53年のレオーネの売上は、約200億。サンセットは、その半分である。これに対し、新しい5ヵ年計画では、最終年次の58年に1200億円という大目標をかかげた。
250:サンセットの沢兄弟は、年商100億を超すようになっても、食料品店「さわ」時代と気分はあまり変わらなかった。借家住まいでこそないが、ほとんど同じ大きさの建売住宅に住み、歩いて通い、電車やタクシーで用を足す。
