2022年06月28日
金子直吉
鈴木商店の支配人であった金子直吉はどんな人物だったのか。美男の二代目と自負していた福沢諭吉の娘婿、福沢桃介はこう書いている。
77:「金子は身の丈五尺二寸五分、体重十五貫八百目の中肉中背、此処はマアよいが、口は大きく鼻低く、目は小さくて、しかも六度の近眼だ。加ふるに色飽く迄黒く、丸でインディアンのやうだ。とも角、並外れた醜男である」「実業家の風貌も二代三代となると、自然メッキがのって、綺麗にもなれば品も出来るが初代の御面相はお話にならぬ。渋沢栄一、大倉喜八郎、根津嘉一郎等何れも皆然り。金子と来ては抜群なものだ」
風采は上がらなかったようだが、一方で、渋沢栄一、大倉喜八郎、根津嘉一郎ら大物財界人と並べて、その実力を評価しているともいえる。
78:四季を通じて同一の服と見たのはまちがいで、同色同柄のものを厚地・中・薄地と、三通り揃えてつくらせ、季節に応じて取り替えていた。
年間を通して、いつも同じ鼠黒(チャコールグレー)の服を着ていたらしいのだが、実は、生地は季節に合わせて3種類用意してあった。ただ、色も柄も同じにしてあったのだ。
と聞くと、Steve Jobsを思いだす。夏や黒のTシャツ、冬は黒のタートルネック。現在のシリコンバレーなのでスーツを着なかったが、もし100年前であれば、金子直吉同様、同色同柄のスーツを年中着ていたかもしれない。それは毎朝着るものに頭を使わない知恵でもあった。
と聞くと、Steve Jobsを思いだす。夏や黒のTシャツ、冬は黒のタートルネック。現在のシリコンバレーなのでスーツを着なかったが、もし100年前であれば、金子直吉同様、同色同柄のスーツを年中着ていたかもしれない。それは毎朝着るものに頭を使わない知恵でもあった。
79:「内地の商売は、日本人同士の内輪で金が動くだけ。芸者と花合わせをやるようなものだ。何より、外人から金をとらなくちゃいかん」
81:大正4,5,6年と、鈴木は雪だるまのように大きくなった。世界中の多種多様な商品の相場が、どこよりも早く鈴木に届く。まだ通信社のない時代であり、朝日・毎日などの大新聞も、みな鈴木に前日の引値を訊きに来た。
