2022年07月10日
パイク釣り
1964~5年のベトナム戦争取材で九死に一生を得た開高健。その強烈な体験からだろう、帰国後、鬱になって、昔の愛人と再会してひと夏を過ごす話。それは、史実では1968年の夏だったらしい。開高は文藝春秋の臨時特派員として「パリ動乱と東西ドイツを取材して、サイゴンを経て帰国」している。
滞在中、「男」の調子が最もよかったのはドイツの山の湖でのパイク(カワカマス属)釣り旅行中。やはり、開高の一番の趣味は魚釣りだったのだろう。パイクが釣れた時の様子をこう書いている。
「更新された。私は一瞬で更新された。私はとけるのをやめ、一挙に手でさわれるようになった。全体が起きあがり、ふちが全体にもどり、眼が見えなくなった。戦慄が体をかけぬけ、そこへすべてが声をあげて走りより、冷酷も、焦燥も、殺意も消えた。」
186:ドイツの山の湖
壁には巨大なパイクの頭がトロフィーとして飾ってあって、虎かと見まがうほどの口をカッとあけ、無数の鋭い歯をむきだしている。これほどの逸品を見ると、北方の古い譚詩のなかでは昔パイクの肋骨を家にしてそこに人が住んでいたことがあると伝えられているのを思いだすが、まんざら誇張ではあるまいとさえ思えてくる。
198:83cmのパイク
これはいままでの”ペンシル・パイク”ではなかった。白い腹がどっぷりと太り、鮮緑に白斑の肌は美しいが、目の威迫的な隆起、下くちびるの傲然とした反りかえり、むきだした牙の凄味、醜怪としかいいようがない。しかし、壮年の男の孤独な冷酷というか、精悍、貪婪だが何事かに諦観してしまったようでもある気配がどこかに漂い、一種の気品があるということはいえそうであった。
204:アーベントロート(赤い夕焼け)
空いちめんに光がみなぎっていた。さまざまな地帯の国でこの時刻を見てきたが、夕焼けではなくて、何かまったく新しいものを見ているような気がした。真紅、紺青、紫、金、銀、無数の光が縞となり、靄となり、層となって、それぞれの色に徹しながらかさなりあって氾濫していた。
225:パイク香草料理
「今度からは私が作ってあげるわ。私とフライパン一つ持っていったら何日でも野宿できるわよ、ウンコちゃん」

