2022年06月26日

開高健の絶筆

花終る闇 (新潮文庫)
開高 健
新潮社
1993-03T



この作品は未完で、開高健の絶筆ということになっている。主人公は開高健本人と思われる小説家で、ベトナム戦争から戻ってきて何作か書いてからは、書けなくなって悶々としている。それを紛らわすように、昔からの愛人や、新しい若い娘、さらには10年ぶりに帰国した昔の恋人と逢瀬を重ねながら、昔のことを邂逅する内容。

121:豆腐屋のラッパの音がたまらないという。わびしいとも、さびしいとも、図々しいとも、間が抜けているともつかない豆腐屋のラッパの音を聞くと、いてもたてもいられなくなるという。

142:若い復員兵たちは満員電車からはみだして連結器に乗り、闇市へ物を売りにいくのだが、カーヴの地点にくるとあっけなくふり落とされて死んだ。長い距離にわたって線路や草むらに脳と肉の破片が散らばり、タバコや魚の干物やイモなどがそれらにまじって散らばるが、葬儀屋は長い竹箸を使って肉片だけをひょいひょい拾っていき、そのあとから子供や大人がさきを争ってタバコを拾い集めた。

152:高い音をたてて鳴るしとどの果汁をかきわけかきわけ浸透していくと、しなやかで柔らかい恋矢があちらこちらからあらわれて、ぴくぴく私をつついたり、舐めるようにたわむれたり、ふいにきゅっと呑みこみかかったりする。それがまざまざと昔のままなので私は十年以前や十年間を抱いていることにもなるのだった。

解説:ユルゲン・ベルント1993(フンボルト大学教授・ベルリン森鴎外記念館館長)
これが現代の真実であり、この背景を踏まえて開高健の文学作品を全体として考察すると、最初の頁から最後の頁に至るまで、真実を探り真実を語る努力で満たされている。開高は任意で無責任な態度を取り続けることがない。真実それ自体は不安にさせるものであり、現代の真実を個人に置き換えて、それを追体験できるように試みたとき、開高自身がその真実によって極度に不安になっていた。


shikoku88 at 17:55コメント(0) |  | その他 

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