2022年03月06日
谷崎潤一郎の柿の葉鮨
小文字でchinaと書けば磁器のことで、japanと書けば漆器。1644年に中国は清王朝となり、海禁令が出る。要するに鎖国するのだが、清の場合は、海外との貿易まで禁じた。
人気の中国製品が輸入できなくなって困ったオランダ東インド会社は、日本に輸入の代替先を求める。それで伊万里焼が大いに栄えるのだが、漆器がjapanとなったのは、それだけ漆器も輸出されたという事だろう。陶磁器が有名で、漆器貿易のことはあまり聞いたことがないのだが。
75:谷崎潤一郎(1886~1965)
谷崎が生来的に抱いていた幼児性退行の嗜好、いわゆる子供っぽさは、彼の文学のいたるところに発見できる。30歳台で発表された『美食俱楽部』を読むと、5人の美食家が東京の某所に集まり、豪奢のかぎりを尽くして究極の料理を索めるさまが、一種異様なグロテスクのもとに描かれている。
78:漆器の肌の美しさは「幾重もの『闇』が堆積した色であり、周囲を包む暗黒の中から必然的に生れ出たもの」であるとされる。日本料理の吸い物椀は陶器ではなく、ぜひとも漆器でなければいけない。
柿の葉鮨のことが語られるのは、この『陰翳礼讃』の一番最後、本論が一通り終わった後のところである。明治維新以来の日本の変遷はそれ以前の300年、500年に相当するだろうと述べ、いかに純日本風の町の情趣というものを大阪や京都といった大都市に見つけることが難しくなったかを嘆く。食べ物にしても同様で、もはや大都市では「老人の口に合うようなものを探し出すのに骨が折れる」。
