2022年01月21日

人権を蹂躙した優生学

禍いの科学 正義が愚行に変わるとき
ポール・A・オフィット
日経ナショナル ジオグラフィック社
2020-12-08



今日、優生学と言えば、ナチスに代表される嫌悪すべきエセ科学というイメージだが、約100年前にそれが生まれて、理論的にも、研究でも、そして立法化による実践でも世界をリードしていたのはアメリカだった。

「劣等」とみなされた市民の結婚が禁止され、「41の州で知的障害精神障害者とみなされた人々の結婚が禁止された」。結婚禁止法が違憲だと初めて認められたのは1967年というから、ほんの50年前の話だ。

それだけ、当時のアメリカで優生学は社会のエリート層から市民にまで広く支持を集めた。当時の支持者の顔ぶれを見ると、それはほとんど当時の著名人と同じなのだ。ルーズベルト大統領から、米国産児制限連盟創立者のマーガレット・サンガー。イギリスの小説家H.G.ウェルズや劇作家ジョージ・バーナード・ショーなど文化人もこぞって指示した。

そこには、世界のリーダーはアングロサクソンであるという自負心があったのだろう。そして、アメリカへの移民が当初のイギリスや北欧系プロテスタントから、南欧のカトリック教徒や東欧のユダヤ人などに広がり、先に移民したアングロサクソン系の間で嫌悪感が広がっていたようだ。

こうして、1917年の移民制限法が成立し、日本からも加州への移民が出来なくなり、それから南米への移民が始まる。それから第二次世界大戦中を通じて、優生学の中心は米コールド・スプリング・ハーバーの優性記録所だったのだが、ナチスが行ったユダヤ人収容所での惨劇が伝わったのだろう、戦争終結とともにすべての記録を消し去った。

1916年、NY市の自然保護活動家が書いた科学論文をきっかけに、連邦議会で一連の厳しい移民法が可決された。それにより、数万人の米国民に強制不妊手術を行うことが可能になり、ヒトラーが600万人のユダヤ人を殺した民族大虐殺に科学的根拠を与えることになった。

118:優性記録所には、当初から諮問機関が設置され、学術界の重鎮が名を連ねた
資金が心配する必要もまったくなかった。優性記録所にはカーネギー財団(鉄鋼)、ロックフェラー研究所(石油)、E.H.ハリマン夫人(鉄道)、ジョージ・イーストマン(写真)をはじめとする、各界から数千万ドルにのぼる潤沢な資金が集まった。米国務省、米軍、米国農務省・労働省もダベンポートとラフリンに支援の手をさしのべた。

120:結婚禁止法
1930年代半ばには、米国は世界で最も結婚禁止法が整備された国に。

121:1912最初の国際優生学会議@ロンドン
名誉会長アレクサンダー・グラハム・ベル

126:移民制限法
1916年以前、米国の優生学者たちが狙いを定めていたのは個人とその家族。
1916自然保護論者マディソン・グラント『偉大な人種の消滅』
「好ましくない形質は特定の一族の間のみで共有されるのではなく、特定の人種の間で共有される」→1917移民制限法

唯一無二の影響力を持つ自然保護活動家
野生生物保護学会設立。独力でアメリカバイソンを絶滅の危機から救い、数多くの国立公園の設立に於いて重要な役割。

143:「死の天使」ヨーゼフ・メンゲレ
病気にかからず、最高のアーリア人の特徴を受け継いだ、支配人種を作り上げる方法を模索。
メンゲレは自分が行った(生体)実験の記録を保管しており、いつかは革新的な科学者として世に迎えられるに違いないと確信していた。米国の優生学者たちは、メンゲレのような傲慢さはなかった。戦争が終結すると、コールド・スプリング・ハーバーの優性記録所はすべての記録を消し去った。



shikoku88 at 18:28│Comments(0) | 政治

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