2022年01月20日
化学肥料から始まった悲劇
植物によってしかできないと思われていた「窒素固定」。これを人工的に実現して、農業に革命をもたらしたのは、ドイツのユダヤ系研究者だった。
この発明で後にノーベル化学賞を受賞するフリッツ・ハーバーは、第一次世界大戦で毒ガスを製造し、その実戦使用の責任者でもあった。ハーバーは熱烈な愛国者で、ドイツ帝国を勝利に導くためなら化学兵器を用いることも当然と考えていた。
毒ガス使用に反対する妻はピストル自殺する。それでも、「祖国のために全力を尽くした」と満足していたハーバーだが、1933年にナチスが政権を取ると風向きが変わる。ナチスは知識や学問を軽く見ており、窒素固定で世界人類を救い、第一次世界大戦では毒ガス開発と肥料工場の火薬工場への転換で祖国に多大な貢献をしたノーベル賞科学者も、ナチスにとっては一人のユダヤ人だった。
職業官吏再建法が施行され、ユダヤ人は公務員として働くことが出来なくなる。国立大学の研究所長を務めていたハーバーは職を追われた。ハーバーはユダヤ系であったものの、キリスト教徒であり、それまで自分がユダヤ人だという自覚もなかったらしい。
そんなハーバーに、イスラエル建国を科学技術で手伝ってくれと声をかけたのがロシア生まれのユダヤ人科学者であるハイム・ヴァイツマン。のちのイスラエル初代大統領だ。ハーバーはこれに感動し、パレスチナへ向かうのだが、途中、スイスで病死する。
71:1909年7月2日フリッツ・ハーバー
私たちの体内に含まれる窒素の50%は自然からの恵みだが、残りの50%はこの日に一人の男が実現させた発明のおかげだ。その人物はかつて人類を救い、のちに人類の破滅を招く種をまいた。
76:硝酸塩(NO3)
1900年の時点で、チリは世界中で使用される天然肥料の2/3をまかなっていた。そのうちの1/3を使用していたのは、ドイツだった。
82:カール・ボッシュ@BASF
カール・ボッシュは、自らの発明ではない技術の商業化を成功させてノーベル賞を受賞した最初の人物になった。
84:中国
1963年には、約300か所のアンモニア工場が稼働し、40か所以上で工場建設が進められていた。今や、およそ1億3000トンの窒素が空気中から取り出され、肥料として地面に撒かれるようになった。(中略)かつて、これほど大勢の人々がたくさんの食物にありつけた時代はなかった。
86:メキシコ湾
毎年およそ150万トンの窒素が流れ込む。窒素が過剰になったため、藻が異常発生して水面が覆われ、魚や軟体動物など湾に生息する他の生物のもとに酸素や日光が届かなくなった。藻の異常発生は、北半球の川や湖や海の生態系を破壊している。死んでいるのは魚だけではない。魚を食べる鳥たちも死んでいる。
ドイツの北に位置するバルト海は、世界で最も海洋生態系が汚染されている海域の一つで、1990年代にバルト海ではタラ漁ができなくなった。ヨーロッパを流れるテムズ川、ライン川、ムーズ川、エルベ川には、安全だと考えられている量の100倍以上の人工窒素が含まれている。
87:化学肥料から爆薬生産へ
1911年にカールスルーエからベルリンに移った頃、フリッツ・ハーバーは一人のドイツ生まれの科学者と友人になった。(中略)アインシュタインは家庭教師としてハーバーの息子に数学を教え、ハーバーは妻との離婚に苦労していたアインシュタインの力になった。
89:世界で最も破壊力のある爆薬、硝酸アンモニウム
BASFはもはや単なる化学企業ではなく、軍の機関と化した。かつてのオッパウ工場は人々に食べ物を供給するために24時間体制で稼働していたが、今では人々を殺すためにフル稼働していた。
92:化学兵器
1915年4月22日の木曜日、血みどろの激しい戦闘が繰り広げられていたフランスの古い交易都市イーペルに近い戦場で事件は起こった。(中略)午後5時、フリッツ・ハーバーは恐ろしい塩素ガス150tが入った6000個のボンベのバルブを開けた。ハーバーの傍らには、のちに全員がノーベル賞を受賞することになるオットー・ハーン、グスタフ・ヘルツ、ジェイムス・フランクという若い3人の科学者がいた。
97:ガス攻撃
ハーバーの毒ガスはこれで終わらなかった。1917年、彼は戦争で使われた化学兵器のなかでも最も危険なマスタードガスを使った最初の人間になった。最終的には風に吹かれてどこかに消える塩素ガスやホスゲンガスとは違い、マスタードガスは周辺にとどまり、地面や衣服、建物や道具類にも染みついた。すべてを洗い落とすことは現実的に不可能だった。マスタードガスは重度の結膜炎を引き起こすため、兵隊たちはほとんど目が見えなくなった。(中略)戦争が終結するまでに、フリッツ・ハーバーの化学兵器によって100万人以上が被害にあい、26千人が死亡した。
99:1933年アドルフ・ヒトラー政権発足
職業官吏再建法→ユダヤ人は公務員として働くことが出来ない
ナチスにとって、ハーバーは一人のユダヤ人でしかなかった。ナチス政府は、知識や学問を軽く見ていた。学者や研究者、知識人は、ドイツの誇りというより、むしろ危険な存在だった。
104:ハイム・ヴァイツマン(のちのイスラエル初代大統領)
ロシア生まれのユダヤ人科学者で、パレスチナにユダヤ人の国を作るために先頭に立って活動。
ハーバーの人生は一巡りして最初に戻った。ユダヤ人である自分を否定した後で、今や彼は完全にその事実を受け入れた。

