2021年09月17日
自伝的小説の傑作
先月、『樅ノ木は残った』を読んだところ、山田太一氏の「解説」で「『青べか』が山本周五郎の最高傑作だ」と書かれていたので、こちらも読んでみた。
上記の「解説」で、「宮本常一『忘れられた日本人』に通じる」とあったが、なるほどその通り。戦前に著者が数年(大正15年〜昭和4年)を過ごした「浦粕町」(浦安)での思い出が綴られているのだが、東京ディズニーランド以来すっかり東京のふりをしている現在の浦安とはまるで違う。
漁師町ということもあって、野性的で開放的。では、純朴なのかといえば、そうではなく、狡猾で冷酷でもある。云ってみれば、欲望に素直で、人間的。何十年か前、ディズニーランドが出来て周辺の開発が進んでいたころ、浦安の旧市街と「沖の百万坪」の埋め立てで造られた新市街を歩くと、明らかな雰囲気の違いを感じた。旧市街は、粗野だった漁師町にお金が降ってわき、街がちぐはぐ。新市街は、全てが新しいので、整っているが、どこにでもある造成地で特徴がない。
ところで、本書に出てくる「船宿・千本」のモデルは、「船宿・吉野家」で、現在でも営業中。まだ小学生だったころの三代目店主・吉野長太郎が小説に登場し、また、30年後に再訪した際にも、周五郎は吉野家を訪ねて、長太郎に町の案内を頼んでいる。
はじめに:浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の缶詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔干し場と、そして、魚釣りに来る客のための釣り船屋と、ごったくやといわれる小料理屋の多いのが、他の町とは違った性格をみせていた。
13:沖の百万坪
大部分は葦や雑草の茂った荒地と、沼や池や湿地などで占められ、そのあいだを根戸川から引いた用水路が、「一ついり」から「四ついり」まで、荒地に縦横の水路を通じていた。
47:紺絣の着物、きつく絞った襷、端折った裾から覗いている赤い腰巻、逞しく肉付いた足や、まるく張りきった腕や、ふさふさとした腋毛。——そうして男よりもいさましく、すっかり馴れた手つきで、しゃしゃっと盤台を洗っている姿。
106:彼女たちは不景気が続くと、「湯銭もなくなる」そうで、厳冬でない限りは川へはいって躰を洗い、また髪までも洗う。土提の上は人が往来し、川にも通船やべか舟がのぼり下りしている。しかし彼女たちは少しもたじろがないばかりか、逆に躰の屈伸や捻転運動を誇張し、まばゆいばかりに野生の誘いを放散してみせる。

