2021年06月14日

ブランド・ビジネス

アパレル興亡
黒木 亮
岩波書店
2020-04-23


日本は高度経済成長期に入り、アパレル業界も大発展を遂げる。

107:アパレル・メーカーのテレビCMも盛んになり、レナウンは、この年(昭和40年)、初来日したフランスの人気女性歌手シルヴィ・ヴァルタンに小林亜星作詞作曲のCMソング『ワンサカ娘』を歌わせた。

107:日綿実業(現・双日)が米国のスポーツ・カジュアル衣料のマクレガーとライセンス契約を結び、シャツ、ベスト、ジャケットなどを販売し、爆発的な成功をおさめた。中でも映画『理由なき反抗』でジェームズ・ディーンが着た赤いドリズラー(ジャンパー)は若者たちの心を捉え、ワンポイントマークの流行に先鞭をつけた。これは日本初の海外ブランドとのライセンス契約だった。

115:日本人の洋装化とともに、パリ・モードをはじめとする外国のファッションが流入し、百貨店は高級イメージを高めるため、海外ブランドとの提携を活発化させていた。西武はテッド・ラピドス、高島屋はピエール・カルダン、松坂屋はニナ・リッチ、三越はギ・ラロッシュと提携し、広告やファッションショーで大々的に売り出した。こうした外国ファッションの流入を手掛けたのが総合商社で、これを「ブランド・ビジネス」と呼び、製品輸入や生産受託で大きな利益を上げた。



shikoku88 at 20:58コメント(0) |  | 仕事 

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