2021年06月06日
東京とローマの不思議な凹凸関係
「7つの丘」の町といえばローマ。だが、東京もこれまで見てきた通り、同じく「7つの丘」と谷が織りなす町だ。
よく見ると、本当に、東京と古代ローマは相似している。何しろ、水道橋やコロッセオ(東京ドーム)、官庁街の位置までそっくりな場所にある。丘と谷がなす地形に人が街を作れば、自然と、土地利用はこうなるということなのか。興味深い。
206:永遠の都ローマの「7つの丘」東京山の手と同様に、いくつもの舌状台地と断崖状の深い谷が織りなす複雑や凹凸地形。丘の上に構えられた大きな建物は支配階級の住居で、一方谷間の低地を埋めているのは庶民の住居、または娯楽施設など。217:東京とローマの不思議な凹凸関係2つの都市は、複数の丘を持つことが共通するだけでなく、低地に迫り出すその形状までどことなく似ている。まず、古い教会や修道院が建ち並ぶアヴェンティーノの丘を、かつて寛永寺のあった上野台と見立ててみよう。丘の麓、古代ローマの下町だったチルコ・マッシモのある谷間は、藍染川の低地、根津・谷中に相当することとなる。チルコ・マッシモは紀元前に、低地の町を再開発して建造された巨大円形競技場で、かつて馬の引く戦車競走が行われていた。東京では、上野台と本郷台の2つの台地に挟まれた不忍池に置き換えられるが、不忍池では湖畔が勧業博覧会場や競馬場に使われていた時代もあり、土地利用の相似性が興味深い。チェリオの丘とパラティーノの丘は順番的に本郷台と駿河台に相当しよう。チェリオの丘とパラティーノの丘の谷間は古代ローマの水道橋が跨ぎ、現在でもその遺構を見ることができるが、東京で相当する場所でも、やはり神田上水が御茶ノ水渓谷を超えるための懸樋(水道橋)が架けられていた。さらに、高級住宅街であるパラティーノの丘と、エスクィリーノの丘に挟まれた低地に位置するのは、巨大円形闘技場コロッセオだ。これを東京で例えるなら、小石川台と麹町台の狭間にある東京ドームに置き換えられよう。エスクィリーノの丘、ヴィミナーレの丘、クィリナーレの丘と河谷で分断された細長い丘が続くが、この辺りも東京の淀橋台の先端部分と比較すると思白い。ローマの場合、これらの丘には大統領官邸や中央官庁の建造物が多く立地しているが、東京でいえば淀橋台先端を占める霞が関官庁街といったところであろう。観光地として有名なスペイン広場の大階段は、古代ローマ建国時の7つの丘からは位置的に外れていて、東京なら江戸の辺境地、渋谷あたりが該当しそうである。そう言えば、いつも何処からからか人が湧いてくるスペイン広場のあの雑踏感は、渋谷のスクランブル交差点のごちゃごちゃ感に、何となく似てないなくもない。

