2020年10月02日
ウェブへの圧力(1890年以降の世界)
427:1870年以降、世界中で社会や経済が急速に統合され、戦争は既に時代遅れになったと多くの人が考えた。しかし、1914年に勃発したWW1はそうした甘い期待を打ち砕いた。直接的な原因は、オーストリア=ハンガリー二重帝国の皇位継承者がサライェボで暗殺されるという小さな事件だった。
現在進行中の、アゼルバイジャンとアルメニアの紛争は不気味。ともに後ろ盾となる大国がいて、宗教対立も絡む。イスラム教国のアゼルバイジャンはトルコが支援しているし、ロシア正教のアルメニアはロシアが支援しており、ロシアは軍事基地も置いている。そして、アゼルバイジャンには石油資源がある。そのアゼルバイジャンにイスラエルは自爆ドローンを含む兵器を売っていて、アルメニアのバスが爆破されたこともある。
第一次世界大戦の発端も、欧州の中心ではなく、バルカン半島という欧州の片隅で起きた。このサラエボ事件ではオーストリア=ハンガリー帝国の王位後継者が暗殺されたことで、帝国が暗殺者の出身地であったセルビアに宣戦布告。セルビアはロシアを頼り、ロシアは総動員令を発動。オーストリア=ハンガリー帝国と同盟関係にあったドイツがロシアに宣戦布告。ロシアは三国協商を通じて同盟関係にあったフランスに参戦を要請。これを受けて、普仏戦争に敗れ復讐に燃えていたフランスがドイツに宣戦布告した。
いわば、小さな紛争から、ドミノ倒しのように戦線が広がったわけで、ついには7000万人の軍人が動員される人類が経験したことのない世界戦争になった。
第8章 ウェブへの圧力(1890年以降の世界)429:ソビエト連邦レーニンは第一次世界大戦中にスイスのチューリッヒに滞在していた。ここは状況を観察するのに打ってつけの場所で、レーニンはドイツの戦争の仕方を高く評価した。そこから学んだ指令経済の方法がロシアの内戦でも役に立った。レーニンの作り上げたソビエト連邦は、ドイツが第一次世界大戦中に作り上げた経済政策を踏襲した。ソビエト連邦は、秘密警察と政治的弾圧という歴代の皇帝たちが利用してきたロシアの伝統も引き継いだが、レーニンとその後継者たちはこれを自滅的とも呼べるほどの過酷さで実行した。439:第二次世界大戦フォード・モーターは1944年に、デトロイト郊外の全長1マイルもの製造ラインでB-24爆撃機を63分に1機の割合で製造した。このとき、フォード社だけで戦時中のイタリアの製造量を上回っていた。太平洋岸の造船所は、新しく建築された大きなダムの電気を利用して貨物船を8日間で製造していた。また、日本が1隻の戦艦を建造する間にアメリカは16隻を建造した。ソ連はアメリカに比べて労働者の技術レベルがはるかに低く、領土を失ったために混乱していたが、それでも戦争中のどの年度においても生産高はドイツを凌いでいた。まとめ:1890年以降、「コスモポリタン・ウェブ」はますます緊密に地理的にはほんの少し拡大しただけだが、コミュニケーションの量と速度は著しく増大。これは主にテクノロジーの変化によるものだが、政治の変化も一因。文化が均質化へと向かう長期的な過程。1870年から1914年に至るグローバル化のうねりは不平等と反発を生み、ナショナリズムや戦争を招きやすい状況になった。WW1で、一部の国はナショナリズムに対する懸念を抱いたが、ナショナリズムにますます魅力を感じるようになった国もあった。1980年以降は、テクノロジーと政策が一体となってグローバル化をますます急速に推し進めたことから、不平等が急速に拡大した。「コスモポリタン・ウェブ」は居住可能な世界にいきわたり、世界中の人々と生態系を万華鏡のように変転極まりない相互作用の中に包み込んでいる。

