2020年06月10日
経営に終わりはない
ホンダを本田宗一郎と二人三脚で世界的企業に育て上げた名経営者藤澤武夫。この本も読むのは3回目になる。本田宗一郎『夢を力に』とペアなので、一緒に読んでみる。
以前読んだときには気づかなかったが、「本田はあれだけの技術者でありながら、自分から設備や機械をほしいといったことがない」という。技術者は技術そのものが好きだし、製品をよくしたいという思いがあるから、設備や機械を欲しがるのが常だ。技術部門が予算請求し、それを管理部門が削るというのが普通の会社。
初期のホンダは、技術部門トップの本田と経営トップの藤沢に役割分担されていたから、創業社長のワンマン企業と違い、本田と藤沢の間でそうしたやり取りが起こっていたものと思っていた。それが本田から設備や機械を欲しいといったことがないというのはスゴイ。まずは、「与えられた条件の中で可能性を見つけようとする」。よくよく考えたうえで買うから、買いれたものをムダにすることがない。
だから、藤沢は資本金を大幅に超える設備投資に踏み切れた。後半、「経営のタテ糸をこわさずに伝えるのが創業者の務め」というのもいい。
36:本田はあれだけの技術者でありながら、自分から設備や機械をほしいといったことがない。与えられた条件の中で可能性を見つけようとする。決して弱音を吐かない。だから、新しく金を出して買い入れたものをムダにすることは決してありませんでした。本田へのこの信頼がなかったら、たとえ財務面では余裕があっても、この大冒険には踏み切れなかったでしょう。とにかく、含み資産のない、資本金6千万円の会社が、S29までに逐次決済をする設備投資15億円という大冒険をしたんです。本田技研は、こうして昭和28年には他のメーカーを引き離して、独走態勢に入ったかのように見えました。105:社長には欠点が必要・欠点があるから魅力がある「付き合っていて、自分の方が勝ちだと思ったとき、相手に親近感を持つ」181:輸出をするからには、やはり国内がしっかりしていないといけません。もし不安が残るままに輸出に手を付けていたら、あんなに金を注ぎ込むこともできなかったし、現地も動揺して、その後の成功は望めなかったでしょう。249:自分たちは何をしてきたか語り継げる人生s29 ホンダの近代企業への転換点・マン島TT出場宣言(5年後実現)・生産管理s33-34(部品在庫3日分に)s44 組織の完成点・s44マスキー法・空冷・水冷問題・社長か技術者か229:ホンダに流れている考え方、みんなの努力している姿が私にはわかっているから、安心していられる。もう私がしゃべることを必要としない連中になってしまった。私の望んでいた環境ができあがったということです。233:よく私に経営哲学があるかのようにいわれますが、それは本田という人と出会って、一緒に仕事をしたから、結果としてできたことであって、あの人と組まなければあり得なかったものです。234:初代の経営者の役割の一つは、後継者に経営の元本をしっかりと受け渡すということです。二代目、三代目の経営者は、もちろん優秀な人材であることはまちがいない。しかし、彼らが仕事をしやすいように、経営のタテ糸をこわさずに伝えるということは、創業者の務めなんですね。次代の人が経営しやすいように配慮しなければならないのです。

