2020年06月05日
生きるとは、自分の物語をつくること
臨床心理学というものの存在を知ったのは、河合先生を通してだったと思う。もともと京大では数学を専攻。それが、アメリカ留学を経て、スイスのユング研究所で日本人初のユング派分析家の資格を取り、ユング分析心理学の日本の第一人者となった。
これは、河合先生の没後、翌年2008年に出た追悼集。『博士の愛した数式』で知られる作家、小川洋子
との生前の対談の再掲と、小川洋子書き下ろしの「少し長すぎるあとがき」から成る。
「カウンセリングはスポーツに非常に似ている」という。患者に対してどう対応するか?「答え方はいっぱいある」という。多彩な交友を誇った河合先生らしく、ラグビーの平尾誠二から聞いた話としてこんな話を紹介する。
「一流の選手ほど選択肢をたくさん持っていてその中からパッと最善の方法を選ぶ。だけど、下手な選手は球をもろたらただもう走らないかんと思いこんどる」
49:小川患者の方の深い悩みに付き添って、どこまでもどこまでも下へ降りていくと、河合先生は依然おっしゃっておられました。小説家もやはり、小説を書いている時は、どこか見えないくらい世界にずうっと降りていくという感覚があるんです。51:河合患者の人が怒ったら、それを吸収する。ほんまに吸収するときもあるし、こっちがどなり返す時もある。それはもう、その時の勝負ですね。そういう点で、カウンセリングはスポーツに非常に似ていると思います。52:河合帰りぎわに「これが最後の挨拶です」なんて言う人がいる。「あ、どうぞ」と言った方がええ時もあれば、「まあ座って、ちょっと聴きましょう」って言わんとならん時もある。「どうぞさよなら」と言って亡くなられたら、絶対的な失敗ですからね。答え方はいっぱいある。そういう時下手な人ほど「死ぬのはやめて下さい」と答えが一つしかない。82:河合まさに「出家」は「家出」ですから。(中略)「絆し」を断ち切って出家するから意味があるんだけど、初めからなかったら家出は価値がないんです。今の若者たちは、その絆がなさすぎて、出家もくそもないということなんですよ。何していいか分からない。126:小川物語を持つことによって初めて人間は、身体と精神、外界と内界、意識と無意識を結びつけ、自分を一つに統合できる。人間は表層の悩みによって、深層世界に落ち込んでいる悩みを感じないようにして生きている。表面的な部分は理性によって強化できるが、内面の深いところにある混沌は論理的な言葉では表現できない。それを表出させ、表層の意識とつなげて心を一つの全体とし、更に他人ともつながってゆく、そのために必要なのが物語である。物語に託せば、言葉にできない混沌を言葉にする、という不条理が可能になる。生きるとは、自分にふさわしい、自分の物語を作り上げていくことに他ならない。
