2020年03月28日

旧石器時代・音楽の源流




「先史時代の壁画洞窟、それは絵画芸術の揺籃にとどまらず、人類のイマジネーションをよびさます音響装置だった」

こんな方が地元出身者だとは知らなかった。著者は1950年香川県多度津町の生まれ。パーカッショニスト。1970年代、近藤等則、坂本龍一、阿部薫らと音楽活動を展開。民族音楽、古代音楽の研究を深め、縄文鼓を復元・演奏した<縄文の音世界プロジェクト>は各方面から注目を集めたという。

絵画は美術館で、音楽は音楽ホールで、と別れたのは現代社会の都合でしかない。「先史時代の壁画洞窟は、音響装置でもある」という仮説に基づき、実際にフランスにある後期旧石器時代のクーニャック洞窟で鍾乳石を叩いて演奏している。壁画は音響効果の良い場所に描かれており、シャーマンによってなんらかの儀式が行われていたと推定される。



44:東南アジアの鼻笛
日本で民族音楽を一般の人たちに広めようと学会で孤軍奮闘してきた民族音楽者の小泉文夫は、フィリピン、ルソン島の山岳民族、イゴロット族の音楽調査に赴いた際、かれらの鼻笛の音に触れ、その感動をこう記している。
「人間の心から心へ伝わっていくためには、必ずしも大きな音もいらないし、あるいは音などまったく必要ないかもしれない。そう思わせる音楽が実際にある事実に、私は驚かされたのだった」

106:ロルブランシュ博士の絵画技法
ヨーロッパ壁画洞窟の大きな特徴はほとんどといってよいほど写実的かつリアリスティックな動物の絵で占められていることだ。しかしこれだけの絵画技法を持ちながら人間の姿をリアルに描いたものは皆無に等しく、半人半獣の形で描かれたものがいくつか見られるにすぎない。それでも、人間を描こうとしなかった彼れらがなぜか自らの身体の一部である掌だけはそのまま写し残した。これがネガティブハンドとよばれるもので、絵というよりは烙印といってもよい図像である。

110:鍾乳石での演奏
鍾乳石は低い祠のように入り組んだ岩壁から山羊か牛の乳房のように垂れ下がった短いもので、丁度座って演奏するのによい高さだった。演奏にはあらかじめ用意しておいた生木と枯れ枝の二種のスティックや、博士からいただいた洞窟熊の骨、そして素手も用いた。

122:壁画は誰が描いたのか
洞窟壁画の研究の礎を築いたちえるブルイユ神父は、洞窟壁画はたんなる芸術ではなく、呪術儀礼を表したものだと提唱してきた。すなわち呪術者が洞窟に入り、絵を描くことで獲物である動物に生や死を与え、こうした呪術を通して自然界の生物への支配力をたかめたというのだ。しかしこのブルイユ神父の呪術説に先史学者のルロワ=グーランはまったく否定的で、図像をもふくめて呪術の存在を示すものは絵画の中には何一つもないとまで言い切っている。この碩学がとった壁画解釈の方法は男性対女性という二つの原理で以て洞窟全体の壁画が構成されているという構造主義に立脚したもので、個々の図像を安易な民俗学的例でもって理解することに警告を発していた。


shikoku88 at 17:58│Comments(0) | 四国

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