2020年03月06日
軍閥
南宋の宰相に復帰した秦檜は、漢土の統一を目指し国づくりに励む。南に遷都した南宋は北の金国との国境が定まっていない。頭領楊令が死んで衝撃を受けたものの梁山泊は中原に居座ったままだ。
領土を広げるべく度々南に侵入してくる金軍と主に対峙しているのは、西の岳飛軍と、東の張俊軍だ。この両軍は、南宋の軍隊ではなく、南宋から認められて領地を持ち、そこから上がってくる税金で軍を維持している「軍閥」だ。
中国の歴史を見ると、特徴的なのが、混乱期になると必ず現れるこの軍閥。近代では、清朝が崩壊した後、蒋介石の国民党が中国を統一するまでの「軍閥時代」が有名。歴史が繰り返すとすれば、いつかまた軍閥時代が来る。今の中国は核兵器も、サイバーテロもこなす軍事強国。この国が万一分裂したら、どうなるのか?
55:秦檜中華を一つに。74:法宋代に入って変法を試みることは、出来上がった建物の、土台を動かすようなことだった。実際、王安石以後、新法党と旧法党の対立は、宋滅亡まで続いた。230:岳飛軍と張俊軍は、対金軍戦において、南宋の重要な防壁となっている軍閥の存在というものは、秦檜の軍の考え方とは、相容れないものだ。軍は、いささかなりとも、国家からの独立性を持っていてはならないのである。
