2019年08月11日
果てしなき野望
昔、ベゾスは「NYの投資ファンドにいた」というのをどこかで読み、元金融マンがAmazonを創業したのだと思っていた。
投資ファンドにいたのは確かなのだが、金融マンではなかった。「プリンストン大学でコンピューター科学を専攻し、NYの金融機関で優秀なコンピューター・ネットワークのエンジニアとして活躍していたベゾスは1990年に、D.E.ショーと言うヘッジファンドにネットワーク開発責任者としてスカウトされる。現在、D.E.ショーは世界有数の巨大ヘッジファンドだが、当時はまだ創立2年目で、コンピューターによる裁定取引という分野のパイオニアだった」ということ。ベゾスはSEだったのだ。
1980年代は「金融工学」という言葉が出てきた時で、金融の世界に技術者が入っていった。誰もやっていなかったところにITを駆使した新たな取引を持ち込めば独り勝ちができた時代で、ここから現在に続くいくつかの巨大ファンドができた。ベゾスはここでインターネットのことを知る。
204:子ども時代の夢は宇宙飛行士8歳の時、ベゾスが学力判定試験で優秀な成績を出したので、家から車で30分もかかるが、小学校はバンガードプログラムがあるリバーオークスを選んだ。229:ひどい物流システムを再構築せよシアトルに来たウィルケは、すぐ、小売物流の専門家ではなく、科学や工学の専門家を物流部門に集め始めた。頭がいい人物10人のリストを作り、その全員を集めたのだ。そのひとりが、バイエル社にいたサプライチェーンに詳しいエンジニア、ラッセル・オルゴーである。プリンストン大学時代にウィルケの友人だった人物で、ウィルケは彼の工学的センスを随分参考にさせてもらったという。オルゴーを筆頭とするサプライチェーンアルゴリズムのチームはアマゾンの秘密兵器として、ある商品をアマゾン物流ネットワークのどこに、いつ在庫するのがいいのか、あるいは、同時に注文された複数商品をどう組み合わせて箱に入れれば最も効率がいいのかといった問題にも数学的な回答が得られるアルゴリズムを開発していく。323:音楽事業でアップルに敗北スティーブ・ジョブズは、音楽を呼吸するように生きてきた人物だ。ボブ・ディランとビートルズが大好きだし、歌手のジョーン・バエズと付き合っていた時期もある。アップルの戦略はジョブズの個人的興味が根底にある。アマゾンも同じで、ベゾスの興味関心が戦略に大きな影響を与えているはずだ。ベゾスは単なる本好きというレベルではないーーすべてを丹念に吸収するのだ。396:ご都合主義大不況後、市場支配力が高まって報道も増えたことから、アマゾンは世の中でたびたび注目を集めるようになったが、その視線は好意的なものばかりではなかった。2010年から2011年にかけては、州の売上税を逃れている、大規模買収2件であんまりなやり方をした、サプライヤーと競合する形で出版事業に参入した、また、大手メーカーの価格戦略を組織的に無視しているように思われるなど、批判が増えていった。アマゾンはみずからを弱者だと思い続けてきたが、ふと気づくと、自分に都合よくルールをねじ曲げる傲慢な巨人だと周囲から思われるようになっていたのだ。482:20年前のビジョンからぶれないアマゾンは最古参のインターネット企業のひとつだ。ベゾスが"Everything store"というインスピレーションを得たのは、1994年、まだヤフーさえ創立されていないころだった。グーグルの創立は4年後となる。このビジョンが生まれたきっかけになるデビッド・ショーとの出会いがベゾスの生涯の決定的な転機だった。プリンストン大学でコンピューター科学を専攻し、NYの金融機関で優秀なコンピューター・ネットワークのエンジニアとして活躍していたベゾスは1990年に、D.E.ショーと言うヘッジファンドにネットワーク開発責任者としてスカウトされる。現在、D.E.ショーは世界有数の巨大ヘッジファンドだが、当時はまだ創立2年目で、コンピューターによる裁定取引という分野のパイオニアだった。(中略)ベゾスにインターネットという新しいコンピューター通信インフラが急激に成長中だと教えたのがこのショーだった。ショートベゾスはインターネットを利用すれば理論的に究極の中間業者が成立するのではないかと気づき、"Everything Store"と名付けたという。しかし、いきなり"Everything Store"を始めることは不可能だ。最大の難関は、通常の商品には品質のばらつきがあるという点だ。金融取引の場合は、1ドルは世界中で1ドルであることが自明だが、一般の商品ではそうではない。ウェブを利用して消費者を対象にして販売でき、一種類の商品がすべて同一価値であるようなジャンルはなにか?と考えて、ベゾスは書籍のオンライン通販と言うアイデアにたどりつき、シアトルで起業する。

