2019年08月19日

改革か革命か




水滸伝は、腐敗した宋を倒して新しい国を作ろうとする梁山泊と、それを潰そうとする宋の諜報機関「青蓮寺」との攻防を中心に話が展開する。青蓮寺は現在でいえばCIAみたいなもので、国内外でスパイ活動をするとともに、作戦行動する実行部隊も持っている。

時は、王安石の改革(1070-1076)が挫折した数十年後ということになっている。宋の宰相王安石は、財政難の解消と富国強兵策をとる。そのためにさまざまな新法が制定されたため、王安石の改革派を「新法派」、反対派は「旧法派」と呼ばれたようだ。現体制から利益を得ているものも多く、改革は挫折する。

小説では悪者にされているが、青蓮寺のロジックにも一理ある。青蓮寺も宋の腐敗を止めなければいずれ国が傾くことは理解しているが、内乱は、外敵に侵入の機会を与える。島国の日本と違い、歴史を振り返れば中国は内乱→外敵の侵入を繰り返している。

そう考えると民主主義はよくできていると思う。任期があって、定期的にトップが変わる仕組みが組み込まれているからだ。選挙で政策を変えられると思えば、無理に暴力に訴える必要もない。いつ変わるのかわからない帝(あるいは王)と、そうした絶対君主に任命された宰相では、いつ変わるか分からないので、絶望するか革命で実力行使するしかなくなる。

73:この国は、豊かだった。いまも、開封府には人と物が溢れている。商人の力が大きかった。商人が儲かれば儲かるほど、役人の取り分は少なくなる。そこから、役人の権限を利用した腐敗がはじまったのだ。商人が使える金が大きくなり、腐敗もまた大きくなった。

141:青蓮寺
国は、その姿をとどめたまま、少しずつ改革していくべきだ。十年かけて、腐敗を根絶してもいい。二十年かけて、帝のありようを変えてもいい。姿を変えれば、混乱が起きる。そしてそこにあるのは、外敵の侵入だけではないか。それは、一千年以上もの歴史が、はっきりと証明している。

144:王安石の改革
それが実現できなかったのは、やはり苛烈なほどの力が王安石になかったからではないのか。反対する者のすべてを、処断する。それぐらいの強引さがあれば、少なくともいまのと違う国の姿になっていた。人の意見も聞こうという賢明さが、一大改革のありの一決になったと言えなくもないのだ。


shikoku88 at 18:59│Comments(0) | 政治

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