2019年05月12日

玄武の章




先月の産婦人科学会に持参し、出張中に第5巻まで読み進める。全19巻だからまだまだ。

その間に梁山泊に集まった兵士は4000人を超えた。呼応して戦う二竜山には2500人の兵がいる。これ以上梁山泊の力が強くなるのを恐れた官軍はまず、梁山泊の出城ともいえる二竜山に総攻撃をかける。その数3万。

これは小説だから戦いそのものは史実ではないが、宋の時代、それよりはるか前から、中国では万単位の軍がぶつかり合う戦争を繰り返してきたのは事実。軍隊の定義は、他組織のサポートがなくても、単独で軍事行動できること。そのために、橋を架け、兵舎をつくる工兵隊も持っていれば、兵器や食料を確保する兵站部隊も持っている。

これだけの大部隊が、広大な国土で、外敵に対峙するため、あるいは反乱を鎮圧するために各地に派遣される。昔から大陸の軍隊が兵站を重視し、また真っ先に考える作戦が、敵の兵站を切ることなのは当然だ。『水滸伝』でも、そうした場面が多々出て来る。

敵の兵站基地を襲うと、何万人もの兵士が数か月作戦展開できるだけの膨大な食料をあっさりと燃やしてしまう。持って帰るには量が多すぎるし、そのためにもたもたしていたら返り討ちにあってしまうから燃やして敵が使えなくするのが一番ということなのだ。

その傍ら、飢えている市民が大勢いる。昔のことなので、福祉制度はなく、働けなければ、盗むか物乞いして飢えをしのぐしかない。「それは政治が悪い」ということで、宋という国を潰して、新しい国を創ろうとするのが梁山泊。宋を裏から支える秘密組織「青蓮寺」では、「内乱になれば外敵の思うつぼ」と、梁山泊の壊滅を図る。政治改革の必要性には気づいているが、それは徐々にやればいいと考える。

小説では当然、梁山泊が正義で、腐敗した宋が悪役なのだが、この議論は「青蓮寺」が正論だろう。改革できるなら、だが。こうしてみると、やはり、封建制や独裁制より、法の枠組みの中で政府を交替させられる民主主義は優れている。

73:この国は、豊かだった。いまも、開封府には人と物が溢れている。商人の力が大きかった。商人が儲かれば儲かるほど、役人の取り分は少なくなる。そこから、役人の権限を利用した腐敗がはじまったのだ。商人が使える金が大きくなり、腐敗もまた大きくなった。

141:青蓮寺
国は、その姿をとどめたまま、少しずつ改革していくべきだ。十年かけて、腐敗を根絶してもいい。二十年かけて、帝のありようを変えてもいい。姿を変えれば、混乱が起きる。そしてそこにあるのは、外敵の侵入だけではないか。それは、一千年以上もの歴史が、はっきりと証明している。

144:王安石の改革
それが実現できなかったのは、やはり苛烈なほどの力が王安石になかったからではないのか。反対する者のすべてを、処断する。それぐらいの強引さがあれば、少なくともいまのと違う国の姿になっていた。人の意見も聞こうという賢明さが、一大改革のありの一決になったと言えなくもないのだ。

shikoku88 at 19:53│Comments(0) | 政治

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