2019年04月26日
ニュルンベルク裁判
ニュルンベルク裁判で主任検事を務めたのは米国の元司法長官で、当時米国最高裁判所判事だったロバート・ジャクソン。彼は、大戦中からラウダーパクトと交流し、彼から「人道に対する罪」のアイデアについて説明を受けていた。
皮肉なのは、裁判にかけられたナチスの幹部たちの多くが詳細な記録を付けていたこと。それは、自分たちの行動を几帳面に書き残しておくゲルマン気質から来るものだったが、同時に、彼らがその記録を破棄することもなく、むしろ自分たちに有利になると思って裁判所に提出したという。
彼らからしてみれば、「自分たちは主権国家が決めたことを役割として実行しただけで、犯罪ではない」と思っていたのだ。実際、それまで、「人道に対する罪」はなかったのだから、この考えは正しい。
「人道に対する罪」はすんなりと決まったわけでなく、米国でも黒人奴隷の歴史、英国でも植民地支配の歴史があり、自分たちの行為が今後「人道に対する罪」で問われる可能性が出て来るため、最後まで紛糾したという。最終的には、当時の状況で、戦勝国が裁判にかけられる心配はないということで、「人道に対する罪」が歴史に登場した。
396:1945年11月20日ニュルンベルク裁判初日人類史上初めて国家の指導者たちが、人道に対する罪とジェノサイドという二つの新しい犯罪で国際裁判にかけられた。408:米国ロバート・ジャクソン冒頭陳述被告人たちの「徹底を期すゲルマン気質」を語り、自分たちの行動を几帳面に書き残しておく性向に触れた。彼はいくつかの外国人集団やユダヤ人たちの取り扱い、「平然と行った無数の人間の大量殺戮」、「人道に対する罪」を犯したこと、を具体的に語ってゆく。これらの論点についてジャクソンは、1941年にNYでラウダーパクトと話し合い、その4年後にまたクランマー通りでも議論していた。414:英国ショークロスの主張の核心はラウダーパクトのもの「国は抽象的な存在ではない」と英国の法務長官は、その後ニュルンベルク裁判において、またその後も頻繁に反復されることになる定言を宣言した。「その権利と義務は、人間の権利と義務であり」、その行為は政治家の行為であって、彼らに「国家の不可侵性を盾に免除される」という理屈を許してはならない。437:アウシュビッツの所長だったルドルフ・ヘス3年間で「少なくとも250万人」をガス室で殺し焼却した。ヘスは、ギルバート博士(弁護人)との私的な会話で、アウシュビッツに蔓延していた態度は完全なる無関心だったと話している。

