2018年12月07日

帳簿はいかにして生まれたのか

帳簿の世界史 (文春文庫 S 22-1)
ジェイコブ・ソール
文藝春秋
2018-04-10



会計上の大発明である「複式簿記」は13世紀のイタリアで生まれた。まず、ルネサンス期のイタリア商業都市国家は、アラブとの交易で、アラビア数字とともにイスラム社会の進んだ数学を学ぶ機会があった。

「1202年には、ピサの商人レオナルド・フィボナッチ(1170-1250)が算術に関する歴史的な著作『算盤の書』(Liber abaci)を書く。フィボナッチは、地中海の港湾都市ブージとの貿易を通じて算盤とアラビア数字を学んだ。この本は、筆算のやり方から始まって、加減乗除から分数、平方根、連立方程式にいたる数学問題の解法を教える実用的な教科書とも言えるものだった」(p38)

彼がアラブから学んだことをまとめたものだが、この本がヨーロッパの知識人に与えた影響は大きく、彼は「フィボナッチ数列」で後世に名前が残ることになる。

第1章 帳簿はいかにして生まれたのか

33:ノルマン・コンクエストによって生まれた世界初の土地登記簿
1066年にイングランド征服を果たしたウィリアム征服王に、またとない機会が与えられる。たった一度の急襲で全土を制圧した王は、ゼロから制度設計をすることができた。(中略)ノルマン・コンクエストは土地管理制度を一元化する願ってもない好機となった。その結果として新しい封土契約がどっと増え、明確な記録作成のための世俗および教会のルール作りが急務となる。本章の冒頭に引用した土地台帳(Domesday Book)は、検地の結果を記した世界初の土地登記簿で、1086に作成された。

39:なぜ中世イタリアで複式簿記が発明されたのか
イタリアの商人は、仲間で資金を出し合って貿易を行う共同出資方式を採用しており、そのために各人の持ち分や利益を計算する必要があった。
トスカーナの商人たちが複式簿記を発展させたことはまちがいない。資料を巡っていくらか議論はあるものの、最も早い複式簿記の例は、リニエリ・フィニー兄弟商会の帳簿(1296)か、ファロルフィ商会の帳簿(1299-1300)だとされている。(中略)ファロルフィ商会の帳簿はきわめて近代的で、現金勘定と出資者勘定が分離され、利益をリアルタイムで把握できるようになっていた。

41:ジェノヴァの驚くべき監査システム
ジェノヴァ市政庁の元帳は、単に収支計算や記録保存の目的で作成されたのではなく、内部的な責任の所在があきらかになるように設計されていた。相変わらず会計不正は頭痛の種であり、このため監査官が、あらゆる取引は公証人の立会いのもとに記帳するように命じている。
現代の金融や統治の研究者が当時の帳簿を見たら、きっと目を見張ることだろう。じつにきちんとしており、数字は正確で、借方貸方は釣り合っており、内部監査もしっかり行われている。
だが、この画期的かつ効率的なシステムは、ルネサンス期のイタリアで終わってしまう。ヨーロッパの大国の君主たちは、イタリアの商業都市国家のやり方をなかなか受け入れようとはしなかった。


shikoku88 at 20:43コメント(0) |  | 仕事 

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