2018年07月17日

逆張りの発想



1990年代のITの王者といえばIntelとMicrosoft。全盛時代のPCはWindowsのOSとIntelのMicroprocessorで動き、併せてWintelと呼ばれた。そのマイクロソフト日本の社長を91年から2000年まで務めたのが成毛氏。ITバブルのピークで辞めたのも見事だった。

株式市場がバブルの頂点に、靴磨きの少年までもが株の話をし始めたのを聞いて、バブル崩壊を予見したジョセフ・ケネディ(JFKの父親)の逸話を彷彿させる。ジョセフ・ケネディがバブル崩壊前に株を全部売っていなかったら、ケネディ大統領誕生もなかったはずだ。

MSを辞めた後の成毛氏だが、投資会社のインスパイアを設立。自己資金とファンドでVC投資をされていた。それも、後進に道を譲られ、現在は早稲田大学の客員教授や、読書好きが高じて始めた書評サイトHONZが中心になっているようだ。そういえば、スルガ銀行の社外取締役も先月の株主総会(荒れた!)まで続けていた。

「逆張りタイプ」を自認する成毛氏。意外なことに、これまで人生に目標らしきものをもったことはないという。マイクロソフトに入ったのも、勤務していた会社で大阪転勤を命じられ、それが嫌でたまたま転職したのが出版社のアスキー。出社したら、初日にマイクロソフト出向を命じられたらしい。そこで売りまくって社長になった。

成功するための「ウン・ドン・コン」に納得。ビル・ゲイツはとてつもなく秀才で、恵まれた家庭に育ちながら、マイクロソフト創業からWindows95まで20年間コミットし続けた。Web時代になってからの成功一夜物語とは全く違うビルがそこにいる。彼には、「ウン・ドン・コン」があったのだ

生産年齢人口











9:私は35歳からおよそ10年間、マイクロソフトの社長を務めた。そして、2000年に社長を辞した理由の一つは、「誰もが大声で『IT』と呼びだしたこと」だった。時はITバブル絶頂期。「世間がIT一色に染まったから、ソフトウェア会社の社長を辞める」という発想は、逆張り以外の何物でもないはずだ。

12:1975年、ビルは19歳でマイクロソフトを創業する。しかし、同社の株価が本格的に上がり出すのは「Windows95」の発売以来だ。その間およそ20年、ビルはどこまでものになるかわからない技術に、ひたすら投資していたことになる。この長期投資が、結果としてビルを桁外れの「逆張りの成功者」に押し上げたことは言うまでもない。

14:運の総量は決まっている
人生で成功するには「ウン・ドン・コン」が大事だといわれる。運と鈍感さと根性である。(中略)
 運については説明するまでもないだろう。人生の成功者に、「あなたはなぜ成功したのか」と聞くと、たいていは「運がよかったから」と答える。「俺が努力したから」などと答える人には、もう次がないと思ったほうがいいかもしれない。自分の成功要因をよく理解できていないからだ。
 この世には多幸な人と薄幸な人がいる。もともと持っている幸運の量が変えられないなら、大事なのはつまらないことに運を使ってしまわないことだ。(中略)
 二つ目の鈍感さも重要な要素だ。世間を見回せば、成功者には鈍い人が多いことに気付くはずだ。彼らの長所は、失敗しても、やたらとくよくよしたり、必要以上に落ち込んだりしないこと。じつはこのタイプは成功にも強い。望み通り事が運んでも「なんだ、この程度」で済んでしまうから、さらに大きな成功を目指して淡々と努力することができる。(中略)
 三つ目の根性はどうだろう。(中略)ここでいうのは、同じことを飽きもせずダラダラと続けられる気質である。実際、強いスポーツ選手にはそういう根性を持った人が多い。

22:ビルは、桁違いの能力と経験の持ち主で、一番好きな歴史上の人物はナポレオン。関連書物を世界で一番所有していると自負している。戦術を熟知した彼には、同世代として、密かな期待を寄せているのでる。


shikoku88 at 21:53コメント(0) |  | 仕事 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
Archives
Recent Comments