2018年05月12日
フェニキアからローマまで
まるでインディ・ジョーンズのように行動力のあるアメリカの考古学者による「聖書がどのようにして成り立ったか」をめぐる旅。聖書の成り立ちに深くかかわるフェニキアからローマまで11都市を訪ねる。世界中で最も読まれ、世界史に大きな影響を与えた聖書をめぐる旅は、『ダビンチ・コード』のように刺激的だ。西洋史に興味のある人は、本書を持ってカーギル博士の旅をなぞりたくなるだろう。
なぜ11もの都市が舞台になったのかと言えば、聖書の成り立ちが「入り組んだ複雑な経緯をたどった」から。「無謬、無矛盾の、完全な神の言葉として天から授かったのではなく、何十人もの人が執筆し、何百人もの名もなき人々が編集して作り上げた。正典化のプロセスは数年どころか何世紀もの歳月を要したし、鶴の一声ではなく、多数の有力な意見を積み重ね、今日の聖書ができあがった」のである。
時代によりさまざまな視点で多くの人が関わったため、聖書のそれぞれの書には、食い違う主張も存在する。しかし、著者は言う。
「それでいいのだ」
聖書に含められた矛盾があったから2000年に渡る学問的格闘があり、今日のユダヤ教、キリスト教の伝統の多くが生まれた。唯一神だけが存在するという主張とイエスも神であるという主張が議論を尽くして、三位一体説がある。だから、「それでいいのだ」ということ。

(バビロンのイシュタル門想像図:ベルリンのペルガモン博物館に復元された門がある)
なぜ11もの都市が舞台になったのかと言えば、聖書の成り立ちが「入り組んだ複雑な経緯をたどった」から。「無謬、無矛盾の、完全な神の言葉として天から授かったのではなく、何十人もの人が執筆し、何百人もの名もなき人々が編集して作り上げた。正典化のプロセスは数年どころか何世紀もの歳月を要したし、鶴の一声ではなく、多数の有力な意見を積み重ね、今日の聖書ができあがった」のである。
時代によりさまざまな視点で多くの人が関わったため、聖書のそれぞれの書には、食い違う主張も存在する。しかし、著者は言う。
「それでいいのだ」
聖書に含められた矛盾があったから2000年に渡る学問的格闘があり、今日のユダヤ教、キリスト教の伝統の多くが生まれた。唯一神だけが存在するという主張とイエスも神であるという主張が議論を尽くして、三位一体説がある。だから、「それでいいのだ」ということ。

(バビロンのイシュタル門想像図:ベルリンのペルガモン博物館に復元された門がある)
10:聖書がある日魔法のように現れたのではない完成した文書として天から授かったものでも、イスラームで教えているコーランの成り立ちのように、ひとりの人物が啓示を授かり、その言葉が一言一句記録されたのでもない。それどころか、聖書の内容は何度も議論を重ねて決議しても、なかなか全体の合意で決まることはなかった。じつのところ、初期教会会議は聖書の正典の問題をあまり取り上げず、その決定を、典礼を改革し、政治指導者・宗教指導者のために正式の聖書を作成し翻訳する人を受けた、優れた個人に委ねた。11:聖書だけが古代に書かれたユダヤ教、キリスト教の書というわけではなかった他にもモーセやヤコブやイエスについて古代に書かれた非常に多くの書が存在した。(中略)聖書に含める書の選定糧は煩雑で、政治が絡む場合も多々あった。16:私は旧約聖書を指して「ヘブライ語聖書」という用語を使う。イエスから何世紀も経ってようやく、後世のキリスト教徒は初期キリスト教徒の文章を正典化し、それをこれまでのユダヤ教文章と区別して、自分たちのキリスト教徒の聖書を「新約聖書」、ユダヤ教文章を「旧約聖書」と呼んだ。
