2018年03月23日

日本電産のM&A



1980年代に始めたHDD用の精密モーターで大きく成長した日本電産は1990年代後半には同モーター市場の約70%のシェアを取るまでになった。それまでの大型HDDはベルト駆動だったが、日本電産はダイレクトドライブにしてコスト削減と信頼性向上を同時に実現させた。

その後M&Aを繰り返すようになったのは、業界の大きな技術革新だったという。精密モーターのシャフト軸受けには従来ボールベアリングが使われていたが、HDDの記憶容量が上がって、より安定的に高い精度で高速回転を続けられるモーターが必要になった。そのためにはボールベアリングでは無理で、「流体動圧軸受け」(FDB)が必要になったのだ。日本電産はFDB対応は進めていたものの、FDB精密部品の加工技術がなく、部品はほとんど外部から調達していた。

この10年に一度の技術革新の波を乗り切るために繰り出したのが一連のM&Aであった。「1997年に計測機器メーカーのトーソク、プレス機製造の京利工業。1998年に光学機器のコパルなどを、日産自動車や富士通などから次々と買収。それらの企業の技術を活用しながら、シャフトや軸受けや周辺部品の加工機械を徐々に開発していった」(p213)その仕上げが、HDD用モーターの競合企業であった三協精機の買収(2003年)。同社は、FDBに早くから取り組んでいて、保有する特許数も多かったという。

1997-1998年、その後2003年以降と日本電産がM&Aを実施した年は日本株が低調で、買収価格が高くならない時期を選んでいる。正に10年がかりで、欲しい会社を技術マッピングに基づいて、じっくりと無理せず買っていっている。これは任期のあるサラリーマン経営者にはなかなか難しい。功を焦ると、東芝のWestinghouse買収のように、とんでもない会社をとんでもない金額で買うことになる。

創業以来の買収件数は57件。

今まで買収してきた会社が、伸びる市場に非常にマッチしてきましたね。どれも図星で当たっていて、『これは必要なかった』という会社は1社もないです。(中略)どれも買収した当時には『なんでこんな会社を買うの?』とずいぶん言われたもんですよ。例えば、日本電産コパルはカメラのシャッターの会社。デジタルカメラの市場が小さくなり始めたときには、『一体どうする?』のと言われましたが、その技術はクルマ用のカメラに使われ始めて、新しい成長を迎えています。それから日本電産シンポは減速機の会社。これも『モーターは、サーボ技術で回転を制御するようになるので、いずれ減速機の市場はなくなる』などと言われたものですが、ここへきてロボットに使われる減速機は、モノが足りないくらいで、お客の注文が殺到している状態」(永守社長)

公共事業予算額








































第6章 変化と創造

217:「M&Aのノウハウは誰から教わったものでもない。すべて実践の中から体得していった」
買収価格は、EV/EBITDA倍率で「最大10倍まで。実際は5-8倍で買うことが多い」
「日本のM&Aは高値で買いすぎる」当てが外れると大きな減損を計上。
東証一部の同倍率実績は2001-2014年で8倍。

229:「セールスにおける今一つの重要なことは、足で稼ぐこと」
日本電産サンキョー再建の際、営業社員に対して「月100件以上の顧客訪問」「そのうち30件以上は新規開拓」を義務付け。

234:新市場は構想で切り拓く
「経営に最も大事なのは構想力。頭の中にパズルを描いて、1ピースずつ埋めていく」
外からは、自社の領域と離れた島のように見えても、それを買収したら次は、間をつなぐ橋のような技術を買う。あるいは自前で作る。橋ができたら周囲を少しずつ埋めたてていく。橋の両側を埋め立てられれば、下は内海になる。後は水をかき出すだけで、大きな陸地、ついまり広い市場を対象にした事業ができる。そこまでの構想を描けなかったら新事業に取り組んではいけない。


shikoku88 at 22:36│Comments(0) | 仕事

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