2018年03月10日

盆栽の誕生

盆栽の誕生
依田徹
大修館書店
2014-04-28


著者は1977年生まれというから、執筆当時まだ30代。東京藝大博士課程で日本近代美術史を専攻し、専門は茶道史だという。

盆栽の成立が平易に書かれていて読みやすい。また、織田信長から始まり、歴代の著名人の盆栽との関りが面白い。

これまで、なんとなく、盆栽とは長い歴史を持つ日本の伝統文化だと思っていたが、「江戸時代と現代とでは、盆栽の作り方から美意識まで、大きく異なっていた」という指摘は興味深い。現在、我々が思う「盆栽」が成立したのは、思ったより新しく、明治も終わりごろになっての話なのだ。

明治の後半になって国粋主義が高まり、日本の文化が見直され、茶の湯や生け花の権威が高まっていく。この「伝統文化」見直しの中、座敷飾りなどを通じて茶の湯や生け花の要素を取り込み、「伝統文化」としての形式を後追いで整えていったということだ。

現在の盆栽とは、「大自然を縮小して、鉢の中に再現することを目指す」ものだという。なるほど、そういわれてみて、家の中に置きたくなった。
はじめに:盆栽とは何か?
・鉢に植えて育てながらも、その樹木の姿かたちに手を加え、年数をかけて鉢の中に一つの景色を生み出していく。
・盆栽もまた、自然からそのエッセンスを抽出し、鉢の中に再現することを目指す文化

4:織田信長の「盆山」狩り
・鉢木「ある容器に植えた小さな木で、冬季には枯れないように家の中に入れて置くもの」
・盆山「日本人が、緑色の苔をつけたり、何か小さな木を植え付けたりして、水面に浮かぶ小さな岩の格好につくる、ある種の石や自然木の材」
(『邦訳 日葡辞書』土井忠生ほか 原典はイエズス会)

61:江戸時代の鉢木の主流は「蛸作り」であり、曲がった枝を見せようというもの。
シュリーマンの日記に登場している、蛙の形に仕立てられた松なども、この系譜に入るものだろう。江戸の植木屋は、樹木を曲げて、人間の意志に従わせる技術に長じていた。しかしその美意識は、現在の盆栽が目指す「自然の美」とは方向性の異なる、人工的な造形物だったのである。

156:江戸時代後半になると、関西を中心に煎茶趣味の影響を受けた「盆栽」が登場
「蛸作り」は「盆栽」へと改作され、鉢も染付から泥物へと移行していく。「盆山」も「石付き盆栽」と呼び変えられ、「盆栽」の枠組みへと吸収されて行ってしまう。このように「盆栽」とは、江戸時代までの園芸文化を下地としながらも、近代になって新しく誕生した文化。


shikoku88 at 21:26コメント(0) |  | 四国 

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