2018年02月04日
江戸時代の国別石高

本書の第一部は「農業生産量の推計」。工業化以前、世界のGDPの大半は農業生産によるものだから、これが正しく推計できれば、GDP推計はほぼ正しいということになる。筆者による推計の成果は、昨日見た通り、ほぼ全時代において、マディソンの推計を2-5割上回るものであった。
長年、アジアでも貧しい国だった日本は、江戸時代の初めにインドの一人当たりGDPと並び、江戸時代の後半には政治の混乱で国が乱れた中国を追い抜いた。経済力がなければ他の多くのアジア諸国同様、明治維新の前に植民地にされていたと思われるので、このことは重要だ。
さらに、本書にある江戸時代の検地記録から令制国別の石高をグラフにしてみたのが上図。四国の各国に加えて、長州が治めていた周防と長門を記入した。
ここで顕著なのは、明治維新に動いた長州と土佐の著しい米穀生産の伸びだ。江戸時代を通じて3倍くらいに伸びている。一方、伊予・讃岐・阿波では数十%の伸びにとどまっている。薩摩は石高の伸びはそれほどでもないのだが、琉球との密貿易で莫大な利益を手にしていた。長州は、江戸時代を通して新田開発と耕地改良を地道に続けた。薩長が明治維新を成し遂げられたのは、まずは経済力があったからだと言える。